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職種を超えた連携で “認知症になっても安心して暮らせる町” を目指す
<長野県上水内郡飯綱町 ながさき医院>

院長 長崎忠悦先生 院長 長崎忠悦先生

長野県の北部に位置する飯綱町は、妙高山、斑尾山など北信五岳を望む風光明媚で静かな町。2007年度、長野県における「認知症地域支援体制構築等推進事業」のモデル地域となり、地域住民が認知症を正しく理解し、地域で支える仕組み作りが約1年半かけて行われました。 2001年に開業したながさき医院の院長・長崎忠悦先生は、外来の認知症患者さんの治療にあたりながらこの事業に参加し、事業終了後も認知症患者さんとその家族を支える地域ネットワークの中心的な役割を果たしています。

高齢者の多い町の医者として認知症に向き合う

長崎先生は、いくつかの病院勤務を経て、ながさき医院を開業。「この飯綱町で患者さんを迎えて初めて認知症と真剣に向き合うことになった」と言います。

「そもそも私の専門は脳神経外科。大学病院に勤めているころは手術が中心でしたから、認知症に積極的にかかわることはありませんでした。当医院は内科・外科・脳神経外科・リハビリテーション科の看板を掲げてはいますが、田舎町の病院ですから産婦人科以外はなんでも診るのが実情です。高齢者の多いこの町の医師として認知症を避けて通るわけにはいきません」―長崎先生は自身の姿勢をそう語ります。

 

「患者さんのご家族が一番困っていること」から治療を開始

看護師 木賀田けさ代さん 看護師 木賀田けさ代さん

ながさき医院の看護師として認知症患者さんの対応にあたる木賀田けさ代さんは認知症患者の家族としての経験も持っています。義理の父親が、かつてながさき医院で認知症の治療を受けたからです。

「先生は家族に『一番困っていることは何か』を聞き、まずはそこから改善しようとしてくれます。介護者のこともきちんと考えてくれて、家族にとってはとてもありがたかったですね」(木賀田さん)。

木賀田さんは、目元をぬぐいながら、ゆっくりと当時を振り返ります。

「義父はほかの病院では笑わないのに、先生の前だと笑顔が出る。『おっかない嫁だよなあ』って先生が言うと、義父も笑って、そういう雑談がうれしかったんでしょうね(笑)。義父の最期を看取ったのもこの医院で、息を引き取るとき、すごくいい顔をしていました」。そう語る木賀田さんは、治療中に何度も長崎先生の言葉に救われたと言います。

「先生の『おれがついてるから』『最期までおれが診てやる』という言葉が本当に心強かったし、嬉しかった。看護師として家族として、先生の姿勢を尊敬していますし、この町に欠かせない方だと思います」(木賀田さん)。

長崎先生は木賀田さんの話を受けて、自身に言い聞かせるように話します。「確かに、患者さんやご家族にとって医師の一言は重い。医師はその重さを常に意識しながら、治療にあたらなければなりません」

 

患者さんのプライドを大切に、ご家族の立場になって看護を

看護師 長崎正江さん 看護師 長崎正江さん
看護師 木我和代さん 看護師 木我和代さん
医療事務 戸谷田りかさん 医療事務 戸谷田りかさん

認知症の治療において、長崎先生をはじめすべてのスタッフが留意しているのが、患者さんの人格と気持ちを尊重し、ご家族とともに治療に臨むこと。

木賀田さんは「自分が実際に患者の家族になって改めてご家族を支えることの大切さを実感した」と言います。

また、看護師の長崎正江さんは「患者さんのプライドを大切にすること」を心掛けています。「例えば、認知症の患者さんは検査で血圧を測ったけど、次にどこに行けばいいかわからない。うろうろしたり、間違った場所に行ってしまうと誰でも恥ずかしいですよね。だからその前に、私たちが『次はあちらです』と声かけをして、ほかの人と同じようにスムーズに行動できるよう気を配っています」(長崎さん)。

同じく看護師の木我和代さんは「ご高齢の患者さんは私にとって人生の先輩です。過去の苦労話や診療以外のお話をお伺いすることで、少しずついい関係を築いていけるのでは」と考えて看護にあたっています。そして医療事務を担当する戸谷田りかさんは「認知症の患者さんもほかの患者さんと同じように対応するよう心掛けています。院内に入るのを嫌がられる患者さんもいましたが、先生とお話をされると笑いがこぼれるので、そのまま笑顔で帰っていただけるよう、私も精一杯の笑顔でお送りします」と言います。

 

患者さんとご家族が地域の中で孤立しないように

「認知症は病院で処方する薬だけでは治療できません。ご家族に加え地域で福祉や介護に携わる方々など、多くのみなさんの協力が絶対に必要です」。長崎先生は力を込めて語ります。

「みんなで」というとき、医師がいちばん上で次に看護師がいてというピラミッド型のチームではなく、治療する人、介護する人が協力しながら患者さんの回りをぐるりと囲む―地域の中にそうした連携の輪を広げることに長崎先生は力を注いできました。

その契機になったのは、2007年度から約1年半、飯綱町で行われた「認知症地域支援体制構築等推進事業」です。

この事業では、同町における認知症支援のための体制作りに向けて、「児童・生徒に対する認知症の啓発」「地域における支援者の育成」「介護経験者による『家族の支え方』情報の発信」「医師など専門家チームによる早期発見方法の検討」などが実施され、長崎先生はこの専門家チームのまとめ役を務めました。

事業の一例に、銀行や農協の窓口担当者を集めての模擬訓練があります。「例えば高齢者が2日続けてお金をおろしに来たとします。その時点で窓口の人が不思議に思って行政などに連絡すれば、認知症の疑いのある人を早めに把握できます」と長崎先生は訓練の意義を語ります。そして「こうした一般の方や子どもたちへの啓発によって認知症への理解が広がり、また、医療、介護、福祉など専門職のネットワークの土台づくりができました」と事業を評価します。

「家族が認知症であることを他人に言いにくい」「いつ誰に何を相談していいのか分からない」―そうした悩みを持つ認知症患者さんのご家族も少なくありません。しかし飯綱町ではこの事業の結果、患者さんやご家族が地域の中で孤立することが大きく減ったと長崎先生は見ています。

 

事業終了後も職種を超えたネットワークを運営

同事業は約1年半で終了しましたが、長崎先生はその後も、医療、福祉、介護関係者の連携強化により広い地域で取り組もうと、「北信もの忘れ支援ネットワーク」を設立。同ネットワークの代表として活動を続けています。

「事業が終わったからと言って、その続きが何もないのはもったいない」(長崎先生)というのが設立の動機です。そして職種を超えた連携の目的はただひとつ「認知症になっても安心して暮らせる町をつくるため」だと長崎先生は語ります。

メンバーは約60人(2011年7月現在)で、その多くが福祉や介護の仕事に携わっており、主に事例研究に注力しています。ある患者さんとご家族が抱える課題をメンバーで共有し、その対処法などについてそれぞれの立場から意見を述べるのが活動の基本です。

「こうした会ではえてして有名な先生を招いて講演会を開催するというケースが多いのですが、それだとただ話を聞いて終わりで、交流や連携は生まれません。何度も言うとおり、認知症は医師だけで対応できる病気ではありません。医師は、職種を超えた連携の中の一人に過ぎないのです」と長崎先生は連携の重要性を説きます。

そして将来的には、このネットワークに患者さんのご家族を加えることも検討中であり、「若年性の認知症であれば、患者さん本人の参加もありうる」(長崎先生)とのこと。

「認知症になっても安心して暮らせる町」の実現に向けて、長崎先生を中心とするネットワークの活動は、いっそうの拡充を目指しています。

 

 

取材日:2011年7月22日
ながさき医院の外観

ながさき医院

〒389-1204
長野県上水内郡飯綱町倉井2747
TEL:026-253-5858

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