『笑顔とこころでつながる認知症医療』サイトドメイン変更のお知らせ 「お気に入り」や「ブックマーク」の変更をお願いします

詳細はこちら

ホーム > 地域から探す【関東信越】 > 神奈川県 > 神奈川県川崎市 川崎幸クリニック
医療機関を探す

在宅診療と認知症ケアともに30年の実績
<神奈川県川崎市 川崎幸クリニック>

院長 杉山孝博先生 院長 杉山孝博先生

在宅診療に取り組み始めたのが1975年。認知症との関わりは1981年から。制度も前例もない状態で、ずっと時代に先駆けた挑戦を続けてこられたのは、患者さんと家族の希望を叶えたいという「思いやり」の心を大切にしてきたからです。

時代に先駆けて取り組んだ在宅診療

神奈川県川崎市の南部と横浜市北部を診療圏とする川崎幸病院は、「在宅診療」という言葉が生まれるよりもずっと前から往診と訪問看護に取り組んできた草分け的な病院です。

1973年に開院し、そのわずか2年後の1975年に人工透析室を開設して夜間透析を開始。1977年に血友病患者の家庭療法(自己家庭注射)、1979年に往診・訪問看護と在宅酸素療法に着手するなど時代に先駆けた取り組みに挑戦し、その姿勢は現在に至るまで変わっていません。

1998年に一般外来を分離独立させて川崎幸クリニックを開設したのも、他院に先駆けた動きでした。「一般外来」と言っても同クリニックの診療科目は、循環器科や脳神経外科、老年科、放射線科など多岐にわたり専門外来や相談窓口もきめ細かく用意されています。地域の災害医療の中心として機能できるよう免震構造を採用した6階建て2500㎡の建物にMRIや内視鏡などの装置・機器を備え、川崎幸病院とリンクした電子カルテシステムも導入された非常に充実したクリニックなのです。

そしてこのクリニックの院長を務めるのが、「認知症ケアの第一人者」として、また「在宅診療の第一人者」としても知られる杉山孝博先生です。

「地域医療に正面から取り組みたいという思いを抱いて、川崎幸病院で勤務を始めたのが1975年。血友病患者の自己注射も在宅酸素療法もまだ制度も前例もない状態でしたが、患者さん本人が自宅で暮らしたいと望むなら、それを叶えるのが医療の仕事だと考えて取り組んできました」と杉山先生は振り返ります。

在宅診療・看護の対象となっている患者さんは約140名。「ターミナルケアである場合も多く、昨年は在宅で54名の患者さんを看取りました。がん末期の方、神経難病の患者さん、そして認知症の患者さんも大勢おられます」と杉山先生は語ります。

 

認知症の世界を理解し患者さんの懐に飛び込む

杉山先生が認知症に関わり始めたのは1981年。家族の会(現:認知症の人と家族の会)を全国に広める活動を手伝ったことがきっかけでした。現在、同会全国本部の副代表理事で神奈川県支部代表でもある杉山先生は、「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」や「家族のたどる4つの心理的ステップ」をとりまとめ、同会から発信しています。30年近く前、最初にまとめた時は5大法則でしたが、患者さんや家族から学んだことを、できるだけ簡潔にわかりやすくまとめることを心がけ、法則と原則ができたとのこと。たとえば、家族の顔がわからなくなる『見当識障害』は、患者さんが『昔の世界に戻っている』状態です。その世界では息子は未成年で、目の前のオジサンは息子ではない。自宅を自宅と認めずに『帰る』と言い出すのも原因は同じです。「認知症への理解が深まれば、一つひとつの言動に動揺したりショックを受けることも少なくなり、介護者の気持ちに余裕が生まれるのです」(杉山先生)。

メディカルソーシャルワーカー 保坂邦寛さん メディカルソーシャルワーカー 保坂邦寛さん
看護師 栁澤淳子さん 看護師 栁澤淳子さん

同クリニックで認知症の診断・治療を行うのは老年科ですが、医療相談室には「本人が受診を嫌がるためどうしたらよいか」という相談が数多く寄せられます。メディカルソーシャルワーカーの保坂邦寛さんは、自然な受診につなげるために、不眠、頭痛、咳・・・・・・何でもよいので自覚のある症状を見つけて、内科に誘導しています。「身体に不調がない患者さんの場合、家族が病気ということにして付き添いで来てもらうこともあります。一般内科の杉山先生の外来枠に来てもらえれば、後は先生が、さりげない会話のなかで症状を探り、適切な診断や治療につないでくれますから」と語ります。

「家族はひどく心配しているのに頑として受診しない患者さんがいれば、訪問診療からスタートすることもあります。相手の懐に飛び込む杉山先生の技は素晴らしく、私たちは、なかなかその域に到達できません」と語るのは訪問看護に携わる看護師の栁澤淳子さんです。

その技とは「相手の世界に興味を持つこと」と「演技すること」だと杉山先生は語ります。「訪問診療は生活の場にお邪魔しますから、患者さんの人生そのものを知るヒントがあります。門を入ったときから患者さんに会うまでに、あらゆる情報を集め、患者さんとしてではなく、まず人として出会うことを心がけています。玄関にある釣り道具、美しい風景写真や庭など話の糸口はたくさんあります。見事な細工の石塀に感心したら、昔、腕のいい石工だったと嬉しそうに話してくださったこともあります。誰だって病気の話なんてしたくないし、得意分野に興味を持たれたら嬉しいものです。生き生きと会話ができるようになれば、そこから診断や治療への道が開けます。それと、頑固な認知症患者さんも実は権威に弱いことが多くて、ご家族やヘルパーさんの言うことは聞かなくても医師にはアッサリと従うことがあります。そんな場合は『偉そうな院長先生』を演じます。この演技はご家族にもお勧めです。見当識障害や妄想がでた時、あまり正面から受け止めないで、俳優が台詞を言うつもりで対応してみると、ご家族も患者さんも気が楽になることも多いのです」(杉山先生)。

 

増加が確実な認認介護

「80歳以上の20%が認知症と言われますから、80歳以上の夫婦が2人とも認知症である確率は11組に1組くらい。夫婦ふたり暮らし世帯なら認認介護になるわけです」と杉山先生が語るとおり、訪問診療の対象が認認介護になっているケースは少なくありません。しかし、ご本人たちが自宅での生活を望むならば実現をめざすのが同クリニックの方針です。介護サービスとの密な連携によって薬の管理などはヘルパーの助けを借りながら、今、持っている能力を最大限に生かして任せていくことが、軽度の認知症患者でもある介護者のためにもなると杉山先生は言います。

看護師の栁澤さんも「認認介護の場合は介護者が困っていることに即座に応えることが大切です。今、この瞬間に食事のケアで困っているなら、『それは看護師ではなくヘルパーの仕事だ』などとは考えずに、一緒に料理もしますし食事のケアも手伝います。介護者の能力を引き出すのは私たちの仕事の一部ですし、先回りして、たくさんの注意事項を言っても覚えられず混乱させるだけですからね」と認認介護をサポートするコツを語ります。

「認知症になっても大切な人を支えようとする感情は健在です。残された能力を生かして、介護する人もされる人も少しでも幸せに暮らせるような新しいノウハウを築く必要があります。また、夫(妻)を亡くした途端に、軽かった認知症が急に強い症状になり、周囲を慌てさせるケースも増えてきました。支えるべき相手がいるという緊張感が症状の進行を抑えていたのでしょう。遠からず、認認介護は特殊なケースではなくなります。医療・介護の現場も地域社会も覚悟が必要です」(杉山先生)。

今後は在宅だけでなく特養施設やグループホームなどで訪問診療を受けながら亡くなる人も増えてくるだろうと杉山先生は言います。「そのためには、介護ヘルパーが一部の医療的なケアをできるような制度の変更や訓練も必要となるでしょう。誰もが、自分の望む場所で最期の日々を暮らせる社会をつくるには、自分だったらどうしたいか、どんなケアを受けたいか、自分に当てはめて考える視点が重要だと思います。それはつまり『思いやり』なのだと思いますよ」と語る杉山先生。35年にわたる思いやりの積み重ねが、訪問診療と認知症ケアで時代をリードする取り組みを生んできました。これからも、新しい挑戦は続きます。

 

 

取材日:2011年8月26日
川崎幸クリニックの外観

社会医療法人財団石心会 川崎幸クリニック


〒212-0016
神奈川県川崎市幸区南幸町1-27-1
TEL:044-544-1020(代)

施設のホームページへ

この記事のURLをメールで送信
医療機関を探す
新着施設から探す
地域から探す
  • 北海道 近畿
  • 東北 中国
  • 関東・信越 四国
  • 東海・北陸 九州・沖縄
カテゴリーから探す
  • 社会が考える認知症予防・治療・戦略
  • 日常診療における創意工夫
  • チーム連携のさらなる充実
  • ふれあいつながる作品展
  • バアちゃんの世界
  • バアちゃんの世界からわかる認知症の症状と対応のヒント
  • 「笑顔とこころ」をつなぐ声
  • お薬(剤形)の選択肢が増えました
  • 患者さんとご家族のための認知症の知識
  • 認知症相談窓口
  • 認知症サポーターキャラバン
  • サイト運営企業の取り組み
  • 医療関係者の皆さまへ
トップページへ