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「傍に居てくれるだけでいい」不安な患者さんの気持ちに寄り添う医療を
<埼玉県深谷市 小暮医院>

院長 小暮久也先生 院長 小暮久也先生

米国マイアミ大学を経て東北大学で脳卒中診療の基礎を築く仕事に取り組んだのち、郷里に戻って「村の医者」に。患者さんの傍に居て、患者さんに寄り添う医療・介護の大切さを発信しています。

東北大学の教授から「村の医者」へ

埼玉県深谷市。近くを利根川が流れる田園風景のなかに小暮医院はあります。院長の小暮久也先生は、1960年代から米国マイアミ大学で臨床神経医学やMRIの研究に携わり、1978年には教授に就任。1980年に帰国して東北大学教授となり、脳卒中診療の基礎を築く仕事に取り組んでいました。

大学退官後の1997年に郷里へ戻り「家業」である医院を継いだ小暮先生は、「村の医者」として忙しい日々を送りながら、作家・随筆家としても活動しています。

小暮先生が表紙のために描かれた原画 小暮先生が表紙のために描かれた原画

現在、仕上げに入っている新作は、認知症患者が世界をどのように捉えているかを一人称で語る「三つのカボチャをかじったネズミの話~認知症が始まった私の戸惑いについて~」。主人公である「私」が幻覚のネズミと語りあう形で物語は進行します。記憶が薄れ混乱していくなかで、ネズミの言葉が失われかけた記憶を呼び覚ましたり、あるいは主人公の記憶を盗んでいったかのようにみえることが、不安に揺れる患者さんの心中を象徴しています。

「正確な記憶と、あやふやな記憶が同居し、失われてしまった記憶もあって、患者の人となりの輪郭が崩れている状況を患者の視点から表現しています。この本を通して、患者さんの不安、心細さを理解してもらえれば嬉しいですね。同時にこの本は、知識や経験の喪失によって、人間関係を上手に保てなくなった認知症の患者さんを孤立させることなく、寄り添って欲しいというメッセージでもあります」と、小暮先生は執筆の意図を語ります。

社会性の基盤となる知識や経験の記憶が失われる不安

「認知症がかなり進行するまで、患者さんの感性は失われません。自省する能力も充分残っています。新しいことを覚えられない、人の顔を見て誰だか思い出せないということが増えると、生きる自信をなくしていきます。生物としての生きる自信ではありません。人間としての社会性が失われる不安です」と、小暮先生は語ります。

人間以外の生物は自然環境のなかで主に本能を頼りに生きていますが、人間は社会環境にも適応して生きています。社会的ルールを守ることはもちろん、複雑な人間関係のなかで適切に振る舞うためには経験と知識が不可欠です。国や地域によってルールや常識が違い、立場や職業によって相応しい言動が異なることも珍しくありません。つまり、人間は生まれてからずっと蓄えてきた社会的経験の膨大なデータベースを土台に、環境の変化に対する自らの行動を決めているのです。認知症は大切な知識と経験のデータベースから記憶を引き出す機能に問題が生じた状態です。

「記憶を失っていく哀しさや怖さを、私たちは想像することしかできません。患者さんは、何かを失ったと悟っているけれど、何を失ってしまったのかはわからないのです。その心細さ、喪失感を理解し、寄り添うことから治療は始まります」(小暮先生)。

認知症の病理に関する研究が進み、専門的な知識を持った医師が増えても、患者さんの「不安」を理解できる医師でなければ、患者さんは救われないと先生は指摘します。

 

孤立させない、追い詰めない

「認知症が始まった患者さんに対して医師にできるのは、今、使える治療薬を総動員して、記憶を司る脳の機能を維持すること。しかし、残念ながら脳の機能をもとに戻すことはできません。そこで重要になるのが、介護者のサポートです」と小暮先生は語ります。

患者さんができなくなったことを単に補うのではなく、患者さんの脳で何が起こり、なぜ、できなくなったかを理解して、手をさしのべることが重要なのです。

「核家族化が進む前の社会では、たとえばお姑さんの家事の段取りや料理の味付けが危うくなってくると、お嫁さんが台所の主導権を譲り受け、お姑さんのプライドを傷つけることなく『隠居していただく』という流れがありました。お年寄りが失敗を家族のせいにしても、咎め立てしたりせず甘受する余裕もありました。知識や経験の記憶が失われたことで社会との関わりを保てなくなったお年寄りの代わりに、家族が社会との間に入って支えてあげていたのです。認知症の介護の基本は、ここにあると思いますよ」と小暮先生は語ります。

すでに食事をしたのに、「まだ食べていない」と言い張るのは、認知症でよく見られる症状ですが、そこで使用済みの食器を示して、「ほら、見て。さっき食べたのよ。わかる?」と間違いを正すような「教育的指導」的な対応は患者さんのプライドを傷つけるだけだと小暮先生は言います。「そんな時は、『そうだったね。ごめんね。今、準備するね』と言いながら、洗いものをしていれば食事を要求したことも忘れてしまうでしょう? そういう和やかな対応ができるのは、いつも近くにいる家族です。流行歌の歌詞にあったように『傍に居てくれるだけでいい』という介護が理想だと思います」(小暮先生)。

社会的な振る舞いが苦手になった高齢者を孤立させないこと、追い詰めないことが大事なのです。

 

患者さんの不安を理解して寄り添う

「『認知症』という名称が普及してきましたが、私自身は『おじいちゃん、ちょっと惚けてきたね』という言い方のほうが好きです。『もうろく』という言葉はさらに好きです。音の印象が優しいと思いませんか? 認知症という言葉にはユーモアがなくて、その言葉を使う人もユーモアを失ってしまうように思うのです。中核症状と周辺症状という言葉も、分類して何かを理解したような気になるだけなら使わないほうが良いと思っています」(小暮先生)。

さらに病状が進行すると、何気ない動作に必要な記憶のデータベースにも問題が生じてきます。

「街で思いがけず知っている人に出会うと、『あ』とか『おや』とか声が出ますね。知人の顔を見た瞬間に息を吸い込んで止め、『あ』と発音できるような口のカタチをつくって、胸を使って息を吐き出す。これだけのことを1秒より短い時間でやるわけです。認知症が進むと、やがてそんな行動の土台の記憶すら失われてしまうのです」(小暮先生)。

患者さんが発症してから亡くなるまで10年ほどの年月があり、動作に必要な記憶に支障が出るような段階になると、医師に出来ることはあまりありません。「根本治療法がない病気なのですから、医師が医療から介護への引き継ぎをしっかりと行い、終末医療にも関わっていくべきだと思いますね。医師も介護のプロの方たちも、終の床にある患者さんの枕頭にいて、快適で平安な心を保ったまま臨終を迎えられるように心配りをして欲しい。看取るという行為を学ぶ養成機関が必要なのかもしれません」と小暮先生は語ります。

 

 

取材日:2011年9月21日
小暮医院の外観

小暮医院


〒366-0001
埼玉県深谷市中瀬1216
TEL:048-587-1262

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