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「心の危篤」になった人を支える仲間づくりの中心に
<沖縄県宮古島市 医療法人たぶの木 うむやすみゃあす・ん診療所>

院長 竹井太先生 院長 竹井太先生

沖縄本島の南西300kmに浮かぶ島・宮古島にあるうむやすみゃあす・ん診療所は、現在、島で唯一、脳神経疾患を専門とする診療所です。赤瓦を戴く何棟かの平屋が組み合わさった診療所の建物は、医療機関らしくなく、まるでリゾート施設のような外観。認知症外来で多くの認知症患者さんと向き合う院長の竹井太先生は、この診療所を拠点として、島の「おじい」「おばあ」が安心して暮らしていくための医療をめざしてさまざまな取り組みを行っています。

 

診療所は「安心できて、心が晴れやかになる場所」に

診療所参門 診療所参門

このロードサインが診療所の目印 このロードサインが診療所の目印

診療所の名前の由来は、島言葉の「うむやす(安全、安心)」と「みゃあす(心がすっきり晴れやかになること)」これに、島に特徴的な「ん」で始まる言葉にならって「ん診療所」としました。

院長の竹井先生の専門は脳神経外科。先進医療を提供する都会の大学病院から一転、宮古島で初めてできた総合病院の院長、県立病院の脳外科医を経て2006年にこの診療所を開設しました。「病院の医師は2、3年するとローテーションで替わってしまいます。患者さんは自分の病気について、何度も医師に説明しなければいけなかったのです。同じ医師が、患者さんと一緒に歳をとりながら、長く向き合っていくことが、認知症のような病気では必要と感じていました」(竹井先生)。

めざすのは「島の人たちが友達の家に行く感覚で足を運べる」診療所。「島では命を守る医師は神様のような存在。医師と話すおじい、おばあは緊張し、素直な気持ちを話せなかったり、言いたいことが言えなかったりします」。できるだけ患者さんがリラックスして話しやすいようにとの思いをこめてつくったこの診療所には、中庭のバナナの木を見ながら診察が受けられる診察室、うたた寝ができる待合室、天窓から空が見える点滴室をはじめ、いろいろな工夫を凝らしたくつろげる空間が広がっています。竹井先生はじめスタッフのユニフォームもかりゆしウェア(沖縄で着用されるアロハシャツに似たシャツ)。みんなニコニコと笑顔を絶やさず診察にあたり、患者さんとも下の名前で呼び合います。

 

職員の対応も「うむやす」の大切な要素

事務長 中川浩さん 事務長 中川浩さん

「職員は診療所のコンセプトを実現する大切な構成要素です。院長がどんなに患者さんのために話をしても、ひとりの職員の態度が悪くて不快な印象を与えれば、ここはその人にとって『うむやす(安心できる場所)』ではなくなってしまうんです」と話すのは宮古島の魅力に惹かれて移住した事務長の中川浩さん。竹井先生の考え方に共感し、院長のめざす「また来たくなる雰囲気の診療所」を実現するために、職員一人ひとりにその考え方を浸透させる大切な役割を担っています。

以前は福島県の病院で作業療法士として働いていたという中川さんが一番嬉しかったのは、患者さんから「ここは本当に『うむやす』ね、もう何も心配はない」という言葉を聞いたとき。竹井先生も「将来について同じベクトルを持っている彼との出会いは、アームストロングの月面着陸と同じように、小さな一歩だけど偉大な一歩です」と全面的な信頼を寄せています。

 

宮古島特有の問題に向き合いながら

竹井先生が「心の危篤」と表現する認知症は、慢性的に長い経過をたどって進行する病気です。「ここに来たとき、認知症を相談できサポートする医療機関は少なく、偏見も大きかったですね」。診療所では「患者さんの話をよく聞く」ことを中心に診療を行い、訪問診療にも取り組む竹井先生は、宮古島の社会環境が、認知症の患者さんと家族の生活を難しくしていた面があると言います。

島の人口は約5万人、その約25%が65歳以上の高齢者です。大学や大きな基幹産業がないため、高校卒業と同時に島を出て、再び戻って暮らすのは40~50代になってから。働く場所や職種も限られるため、職業上の主従関係が色濃く生活に影響する土地柄でもあります。

「地位の高い人が認知症になった場合、家族がすべて抱えこんで苦しむことになりがちでした。患者さん本人も自由に出歩けない。最後までプライドを保って生きていくことが難しかったのです」。

この状況を変えなければと思った竹井先生は、診療所の外での活動にも熱心に取り組んできました。認知症への理解を促したり、原因となる生活習慣病の予防を呼びかけたりする講演や啓発活動。孤立しがちなご家族を集めて認知症フォーラムを開催し、家族会結成を進めたり、サポーターのネットワークを広げたりする活動。高校卒業時に島を出ていく子どもたちへの教育活動など。

「島を出て仕事に就き、家族を持つとなかなか帰省もできません。ときどき電話で話をするものの、電話口ではしっかりしていても、久しぶりに帰省すると、両親とも認知症を発症しているという現実が実際にあるのです」。竹井先生の活動には、これまでに出会った患者さんの経験から得た想いがこめられています。

「それは言葉にならない衝撃ですが、島を出るということはそういう可能性を含むことだと、誰かが子どもたちに伝えなければなりません。体の危篤と違い、心の危篤はそれから何年も続き、場合によっては子ども家族の人生にも大きく影響します。家族が困らないよう、誰かがコーディネートすることも必要でしょう。たとえばインターネットを使って顔を合わせることや、介護が必要な場合に航空運賃が安くなる制度を使うなど、社会資源を利用する方法もあります。遠くにいても見守っていけるよう、これらの知識を広めることも大切です」(竹井先生)。

 

仲間を増やし、ノウハウを全国に広げたい

竹井先生は、認知症の問題は、医療だけでは解決できないことをよく知っています。そんな竹井先生が挙げる今後の課題に、包括支援センターとともに取り組んでいる家族会の充実や、徘徊する患者さんのサポート制度の拡大があります。

「家族は月に10日みる。あとの21日はサポーターが患者さんに付き添うというようなことが可能になります。肌でおじいやおばあの熱気を感じ、患者さんのことを自分の親のように思えるサポーターを育てることは、子や孫の教育、人づくりにもつながるのです」(竹井先生)。

医療と社会が一緒になって取り組まなければいけない認知症の問題には、宮古島の規模だから進めやすいこともあります。

「同じ問題意識を持つ者同士が出会えば、解決に向けて動き出せることも多い。熱意のあるほかの医療機関や住民と手をつなぐことで支援体制の実現も見えてきます」と竹井先生は手応えを感じています。さらに「宮古島で成功事例をつくって、全国に400ある島しょ地区(離島)にノウハウを広げて行けたら」と展望を語ります。

たとえば、若年性認知症の患者さんへのサポートの問題。元の仕事はできなくても、ジョブ・コーチがつくことで生活していけるだけの収入を得ることは可能になります。人材の少ない宮古島で、若年性認知症患者就労サポートのモデルケースをつくれたら、その経験を、同じように苦労しているほかの島にも提供することができるわけです。

「認知症の増加は、人と人のつながりが希薄になった私たちに、患者さんを中心にして昔のように人が集まり、家族のあり方を考え直せと警告しているのかも知れません」と温かい目で語る竹井先生。患者さんに寄り添って支える医療とサポートを、ん診療所が中心になってさらに推進していきたいと考えています。

 

 

取材日:2012年1月18日
うむやすみゃあす・ん診療所の外観

医療法人たぶの木
うむやすみゃあす・ん診療所

〒906-0013
沖縄県宮古島市平良下里1477-4
TEL:0980-73-3854

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