地域に安心を与えるかかりつけ医をめざし髙崎勝幸先生が開業したのは2010年のこと。豊富な脳外科手術の経験に基づく専門性の高い診療と、患者さんとご家族本位の親身な対応で、地域の認知症ケアを支えています。
たかさき脳神経外科クリニック院長の髙崎勝幸先生は、大学病院の脳神経外科や救命救急センターなどの急性期病院で、10年以上にわたり数多くの脳外科手術に取り組んできました。
「手術によって患者さんの命を救う、やりがいのある仕事だった」と振り返りながらも先生が開業の道を選んだのには、大きく二つの理由があるといいます。
「一つは、患者さんの一生に長く寄り添っていたかったからです。頭の病気は残念ながら障害が残ったり根治が困難な場合も多いのですが、それでもできるだけ良い時間を長く過ごしてもらうのが医師の努めです。勤務医の場合、どうしても何年かごとに異動などがあり、ずっと診ることができませんが、かかりつけ医ならば長期的な視野に立って診療することができます。
もう一つの理由は、この地域に脳神経外科の専門医がいなかったことです。糟屋郡に隣接する福岡市の済生会福岡総合病院に勤務していたころ、この篠栗町や周辺の町など遠方から来院される方がかなりおられ、こちらで開業してほしいという声をたくさん聞きました。この地域は高齢者も多く認知症診療のニーズも大きいので、その一翼を担おうと開業を決意したのです」(髙崎先生)。
同クリニックの待合室はシックで落ち着いたインテリアでまとめられ、あたかもカフェのようなたたずまい。
「設計するとき、まず待合室から考え、残りのスペースに診察室などを割り振ったんですよ」と髙崎先生はほほ笑みながら設計の意図を語ります。
「消毒液の匂いがプンプンして、くたびれたスリッパがあって、受付には仏頂面したおばちゃんの事務員がいて......そんな一昔前の診療所のようには絶対にしたくなかったんです。ですから設計は、クリニックの経験がない方に依頼しました。経験があるとどうしてもステレオタイプなものを造ってしまいますからね」と言う髙崎先生は続けて、こうしたインテリアにした理由を「患者さんに何度も気軽に来てほしいから」だと明かします。
「例えば、老人性のうつは結構多いので、認知機能が落ちてきたことで元気がないのか、それともうつなのかという見極めが大事です。でも、一度話をしただけでは絶対にわかりません。そういう意味で、何度か通ってもらえる環境をつくることがクリニックには必要です。大病院や大学病院で『先生の顔を見に来ました』なんて言ったらつまみ出されますけど、うちなら何度顔を見に来てもらっても大丈夫ですよ」(髙崎先生)。
看護師は5人。町のクリニックとしてはやや多めですが、それには理由があります。
「診察室に入られるまでに、看護師が患者さんとご家族からできるだけくわしくお話を聞くためです。特に認知症の場合は、ご本人とご家族の話が食い違う場合があるので、丁寧な聞き取りが大事です。そうするにはやはり、スタッフの数が必要なんです。患者さんの中には『私はどこも悪くないんですけどね......』と渋々来たことをあからさまに示す患者さんもおられます。そんな方が診察室で積極的にお話しされるわけがない。でも、心配したご家族がやっとの思いで受診にこぎつけたのだから、私たちが症状に関するエピソードを引き出す努力をしなければなりません」と話すのは看護師の村田さん。
同じく看護師の嘉藤さんは「認知症の患者さんと接するときは、小さな気づきを大切にするようにしています」と話します。
「まず、必ず笑顔で患者さんの目を見ながらご挨拶します。そのときに患者さんがどういう反応を示されるのかを見逃さないようにします。また、認知症の患者さんは言葉数の少ない方が多いので、わずかな会話の中から情報を引き出せるよう注意しています」(嘉藤さん)。
看護師の関(ち)さんは「患者さんの言葉に共感するよう心がけています」と言います。
「例えば『私が大切にしていた物を嫁が勝手に捨てた』と何度も言われる患者さんにも、決して『さっきも聞きましたよ』とは言わず、『それは悲しいですよね』と共感を示して、納得がいくまで話していただくようにしています」(関(ち)さん)。
「テストも普段の会話の延長のように」と言うのは、看護師の関(ま)さん。
「記憶力テストなどを行うときは、患者さんの負担にならないよう、ゆったりしたペースで進めるのが基本。答えが出ないときも『大丈夫ですよー』と明るくお声がけして、安心していただけるよう配慮しています」(関(ま)さん)。
こうした患者さんへの配慮とともに、ご家族への気配りもスタッフ全員が常に心がけ、実践しています。
番匠さん(看護師)は「介護に一生懸命になるがゆえにストレスを抱えてしまわれるご家族が多い」と指摘します。
「病気に対する悩みや生活環境は、ご家族によってそれぞれ違います。きちんとそれを踏まえたうえで、いま私たちができることに誠心誠意取り組み、また介護に対する社会資源の生かし方などもお話しするようにしています」(番匠さん)。
受付の津本さんは「電話でお問い合わせいただいたとき、あえて“認知症”と言わないこともある」と言います。
「おそらくは認知症のご相談だと思えても、ご家族が電話口で言いよどんだり言葉を濁したりされるときは、そのお気持ちを察して、こちらも“認知症”という言葉を使わないようにしています」(津本さん)。
同じく受付の新さんは「受付は患者さんとご家族が来院して最初に話される相手だからこそ、その第一印象を大事にしている」と言います。
「来院される方はそれぞれに不安を抱えておられますから、その不安を少しでも和らげるのが私たちの仕事。聞かれてわからないことがあれば曖昧にせず、すぐに看護師や先生に確認するようにしています」(新さん)。
認知症を診断するうえでの同クリニックの特長は、院内に最新鋭のCT 、MRIを備えていること。その画像を基に髙崎先生が豊富な診療経験も踏まえて診断をつけています。
「慢性硬膜下血腫や特発性正常圧水頭症など、いわゆる治療可能な認知症に長く関わってきた経験から、当クリニックではCTやMRIのほか腰椎穿刺によるタップテスト(髄液排除試験)も行い、必ず診断をつけます。大きい病院に行く必要はありません」と髙崎先生は診断に自信を見せます。
画像検査を担当するのは、検査技師の槙さんと吉良さん。
槙さんは「院内で一番早く異常を発見できるのが検査技師。それだけに責任があり、やりがいを感じます」と言います。
「認知症の患者さんの中には、渋々来院された方、検査に悪いイメージをお持ちの方もおられますから、できるだけ普通にお話しして安心してもらうようにしています。『検査してよかった』と思っていただくことが目標ですね」(槙さん)。
気さくに話しかけるのは吉良さんも同じ。「私も福岡の人間ですから、方言丸だしで話しています」と笑います。
「当クリニックのMRIはオープン型で横が開いていますから、比較的閉塞感が少ないのが特長です。でも、認知症の患者さんの中にはじっとしていられない方もおられるので『ただ寝とるだけでいいけんねー』と明るくお声がけして早く終わらせるよう努めています。私自身、アルツハイマー型認知症の父を家で看取った経験がありますので、何とかお役に立ちたいという思いは強いですね」(吉良さん)。
今後さらに増えると見込まれる認知症患者さんに接するうえで、髙崎先生は「診断をつけること自体より、どう伝えるかが難しい」と明かします。
「認知症だと告げるとうつっぽくなってしまわれる方がいます。かといって『頑張れば治りますよ』などと言ってお茶を濁すと、あとあと患者さんがつらくなるばかりだし、私自身もつらくなる。患者さんの性格や人生観などを見極めて適切な説明とアドバイスをし、患者さんを前向きな気持ちにさせること。それがクリニックの医師の重要な役割だと思います」。
そう語る髙崎先生は、続けて「認知症ケアの地域的な課題はまだまだ多い」と厳しい表情で指摘します。
「都会ほどではありませんが、この地域でも独居の高齢者が増えていますし、当クリニックの患者さんにも、前回の診察から今日の診察まで誰とも話してないという方も中にはおられます。認知症の患者さんにとって、何もしない・何も話さないのは良くありません。お風呂や食事だけじゃなくて、趣味やレクリエーションまでのケアが必要でしょう。それを誰かがやるのを待っていても仕方がないので、当グループ内でやるつもりです。そして5年以内には、医療と介護がしっかり連携したネットワークをつくりたい。それはこの地域で唯一の脳神経外科専門医である私の使命だと考えています」(髙崎先生)。