高知市の福田心臓・消化器内科は、1996年1月に開院した、19床の有床診療所です。理事長の福田善晴先生は循環器内科が専門ですが、在宅医療に熱心に取り組む中で、自然と認知症医療にも関わるようになったといいます。高齢化と過疎化が進む高知市北部で “高知北在宅医療介護ネットワーク”を立ち上げ、福田先生自らが事務局を務めるなど、認知症の人にやさしい街づくりにまい進しています。
医療法人大和会では、福田心臓・消化器内科を中心に、在宅医療にも力を入れ、さらに、デイケアやグループホームなどの複数の介護施設を運営して、外来診療・在宅医療・施設介護の3つの体制で、認知症の人とそのご家族を支えています。
「約350人の職員のほとんどが、何らかの形で認知症の人に関わっているといえますね」と話すのは、同法人の理事長で、福田心臓・消化器内科の医師、福田善晴先生です。何よりも人と人の関係を大切にする同院では、患者さん一人ひとりの情報をより早く、深く知ることができるよう、何でも気兼ねなく相談できるアットホームな雰囲気づくりを心がけています。
「認知症の人を最後まで責任を持って診ていくのは、かかりつけ医であるべき」と考える福田先生は、BPSD(周辺症状)がある場合でも、日常生活に大きな問題がなければ入院ではなく、在宅医療で診療していく方針です。
「詳しい検査が必要な際は、大学病院の専門医に紹介することもありますが、早期発見・早期治療につながる『ちょっと変だな』という気づきの面では、かかりつけ医としての大切な役割を果たせているのではないかと自負しています」(福田先生)。
「認知症治療の中で、一番難しいのが診断です。患者さんを最初に診察するかかりつけ医がきちんとした診断能力を備えていなくてはならないと強く感じています」と話す福田先生。認知症の診断には、まず、甲状腺異常などが原因の“治る認知症”ではないかの鑑別、そして長谷川式簡易評価スケールなどのスクリーニング検査、エピソードの聞き取りの3つが必須条件だと語ります。
「中でもエピソードの聞き取りを最も大切にしています。その方がどんな行動をしたのか、ご家族が何に困っているのか、実際の状況がわからなければ正しい診断はできません。ご本人やご家族と密に接するかかりつけ医の役目は、エピソードを聞き取って正しい診断につなげることだと思います」(福田先生)。
福田先生は、「患者さんが住み慣れた場所で、長く自分らしい生活を続けていくためには、医療だけでなく生活全般への支援が必要」という考えのもと、「地域で支える街づくり」をビジョンに掲げ、院内に地域連携室を立ち上げました。
地域連携室長を務めるケアマネジャーの松田英樹さんは、より良い地域連携のためには、医療従事者が積極的に地域に出て行くことが必要だと言います。
「認知症への援助が必要なのにもかかわらず、病院に来られない方々がいます。我々が足を運んで、まずは実情を把握し、認知症の早期発見につなげていかなければなりません」(松田さん)。
社会福祉士でケアマネジャーの横田康弘さんは、過疎化が進む地域の介護問題を深刻に受け止めています。
「高知市の山間部では過疎化が進んでおり、介護サービスの事業所の数や受けられるサービスの種類も少ないのが現状です。隣近所の付き合いが希薄な地域もあり、高知市の地域力は少しずつ低下していると感じます」(横田さん)。
この状況を少しでも改善すべく運営しているのが、高知市北部地域の医療機関と介護事業所が連携する“高知北在宅医療介護ネットワーク”です。福田先生が事務局を務め、横田さんも担当事務として活動しています。
当初は医師、歯科医師、訪問看護師、ケアマネジャーのほか、地域包括支援センターや訪問リハビリテーションなどが参加して発足し、現在では歯科衛生士や管理栄養士なども加わって、職種や施設の垣根を越えて意見交換ができる連携体制を構築しつつあります。
「歯科医療従事者と管理栄養士は、どちらも食事に関係のある職種ですが、協力して仕事をすることはほとんどありませんでした。しかし、私たちのネットワークを通じて交流を深めることで、新しい取り組みへとつながるかもしれません。認知症など介護が必要な人、困っている人をサポートできるネットワークづくりをさらに進めていきたいと思っています」(横田さん)。
地域連携室の一員でもある看護師長の小野里香さんは、松田さんとともに患者さんやご家族と積極的にコミュニケーションを取り、悩みごとや困りごとをすくい上げる役割を担っています。
「最初のうちは『困っていないよ』『大丈夫だよ』と言っておられたご家族が、だんだんと心を開いて悩みを打ち明けてくださるようになると、信頼されているんだとうれしくなりますし、やりがいを感じます」(小野さん)。
その一方、「ご家族が県外に住んでいることも多く、どのような支援をすればいいかご相談する機会がなかなか取れないのが悩みですね」と語る小野さん。そんなときは、社会福祉士の横田さんと相談し、医療や介護などの必要な支援につなげていくといいます。
横田さんは、同院を受診している患者さんだけでなく、他の医療機関や地域包括支援センター、介護事業所からの相談にも対応しています。「認知症の人の場合、ご本人やご家族が困りきってからサービスを利用されることが多く、支援が後手に回る傾向があります」と指摘する横田さんは、介護サービスは予防的に利用するぐらいでよいと考えています。
「認知症の進行は十人十色ですが、ある程度先を読んで情報提供することが大切だと考え、ご家族には『今後はこのような状況になる可能性があるので、今のうちにこのサービスを申請してはどうですか』などと具体的に説明するようにしています」(横田さん)。
福田先生は、同院の運営母体である医療法人大和会のほか、2001年に社会福祉法人秦ダイヤライフ福祉会を設立、双方の理事長を兼務しています。同社会福祉法人が運営する有料老人ホーム「千金の一日」の施設長である山岡雄一さんは、同法人の介護事業の特徴を「地域密着型であること」だと語ります。
「医療法人として約20年、社会福祉法人としても約15年の実績があるので、地域に対する取り組みは充実していると思います。社会福祉法人として24施設を運営していますが、福田心臓・消化器内科から約5km以内に事業所が集中しているため、同院との連携が取りやすいのも特徴です」(山岡さん)。
施設の空き状況によっては、利用者さんの受け入れが難しい場合もあります。山岡さんは、「入所を希望する方の情報をよく聞き取り、緊急性の高さを見極めて、仮に当施設や関連施設に空きがなければ、他施設の見学まで道筋をつけるようにしています」と話します。
「みなさまは私たちの家族です」という大和会の理念のもと、山岡さんをはじめスタッフ全員が、地域の人々を家族のように思い、認知症の人が地域で共に暮らす介護を実践しています。
「メディアで取り上げられる機会も増え、認知症への関心が高まるとともに、『もの忘れがあるので認知症ではないか?』と心配して受診される方も多くなりました」と話す福田先生。同院では介護予防を目指し、横田さんが中心となって、無料の“いきいき座談会”や“健康講座”を開催しています。
横田さんは「要介護状態に陥らないように、家に閉じこもりがちな方や独居の方が参加しやすい会にしていきたい」と語り、お茶やお菓子をふるまい、心配事を気軽に相談できる雰囲気を大切にしています。会を通じて知り合った人同士で交流が広がることもあり、同院の患者さんに限らず、地域に住む高齢者に広く参加を呼びかけています。
また、地域のお祭りや民生委員が集まる会合などにはスタッフが積極的に足を運び、地域の現状の把握に努めているといいます。お祭りでは病院として参加し、出店で焼きそばをふるまったり、サックスが趣味の福田先生が地域の演奏会で演奏したりすることもあり、地域に溶け込み、何でも気軽に相談できる下地づくりに取り組んでいます。
多職種・多機関が連携した高知北在宅医療介護ネットワークなど、地域連携の体制づくりに注力する中で、福田先生は高知市ならではの認知症介護の問題を指摘します。
「高齢者の独居や高齢者のみの世帯の割合が高く、高齢者を支える若い世代が少ないのが大きな課題です。また、高知市は世帯所得が低く、年金で全ての出費をまかなっている方も多くおられます。認知症が重度になっても、介護費用を負担できず必要なサービスが受けられない方もおられる中、いかに費用をかけずに医療や介護サービスを提供していくかを考えなければなりません」(福田先生)。
福田先生はまた、認知症の人が孤立してしまわないように、認知症カフェなどを増やすことが必要だと考えています。
「認知症の方への支援は、医療だけでは不十分です。社会の中で自分にも役割があるという実感を持てなければ、認知症の症状も進行してしまいます。認知症の方が家に閉じこもってしまわず、地域とつながっていられるよう、助けになりたいと思います」と福田先生は言葉に力を込めます。
そのために重要なのは、「当院のスタッフ一人ひとりが、自分の周囲で困っている人たちに手を差し伸べること」だという福田先生。病院の中だけではなく、大きな目で自分たちの地域を見て、街を良くする方法を考えてもらいたいと、スタッフへの期待を口にします。
医療・福祉従事者だけでなく、さまざまな人たちが手をつないで助け合い、街全体がチームとしてやっていく、そんな「支えあう街づくり」を目指して、福田先生は信頼を寄せるスタッフとともに走り続けています。