脳神経内科はつたクリニックは、2014年に京阪電車樟葉(くずは)駅前の医療モール内に開院した脳神経内科の専門クリニックです。院長の初田裕幸先生は、地域では数少ない認知症専門医として、総合病院で提供されるような認知症医療を身近なクリニックで提供するべく尽力するとともに、地域包括支援センターやかかりつけ医などとの連携の強化にも取り組んでいます。
初田先生は、さまざまな病院の神経内科で研鑽を積み、多くの認知症の人やパーキンソン病の患者さんに接してきました。そのなかで、急性期の治療後に病院からかかりつけ医に紹介しても、症状の変化に合わせた治療が受けられず、再び病院に紹介される人の姿を多く見てきました。そこで、専門的な治療を要する人を地域で受け入れるために脳神経内科はつたクリニックを開院し、物忘れ外来も開設しました。認知症を疑ったときに相談でき、かかりつけ医では対応が難しいタイプの認知症でも診療できる専門医として、地域の”認知症医療の入り口”を担っています。
開院から4年たった現在、新規で認知症で受診する人は月40人ほどになるため、待ち時間を減らせるよう完全予約制で診察を行っています。約7割の方はご家族が付き添って受診していますが、地域包括支援センターから勧められて受診する人や、かかりつけ医から紹介される人もいます。
初診では、まずご本人から話を聞き、パーキンソン病などの症状の有無を確認するなどの神経学的な診察をした後、別室で長谷川式簡易評価スケールのほか、MMSE(認知機能検査)を使った神経心理検査を行っているあいだにご家族から話を聞きます。
「当クリニックでは、検査の点数そのものより、どの問題が答えられなかったか、あるいは回答までどの程度の時間がかかったかなど、細かいところまで確認しています。間違え方のパターンによって認知症のタイプが異なることや、ほかの病気が疑われることもあるためです」(初田先生)。
主に検査を担当する臨床心理士は、「検査結果という客観的な情報に加え、ご本人の特徴的な言動や雰囲気など接するなかで気になったことも情報提供します」と、専門家の立場で感じ取ったことを初田先生に伝えています。また、検査を通して低下している機能がわかれば、今後、ご本人が日常生活のなかで困ることが予想されることも報告していると話します。
認知症の初期と疑われる場合などは、さらにWMS-R(ウエクスラー記憶検査)も実施します。検査が短時間で行える長谷川式簡易評価スケールやMMSEと違って1~1.5時間ほどかかるため、検査が進むにつれご本人が自信を失っていくこともあるので、臨床心理士は「答えられなくても気にしないでください」と随所で励ますようにしているといいます。そして報告書の作成に際しては、ご本人が担った負担に見合うフィードバックをするべく、十分な時間をかけて行うようにしています。
また同クリニックでは他の疾患を見落とさないためにも、同じ医療モール内にある画像診断クリニックを受診してもらい、原則としてMRIやCTなどの画像検査を実施し、神経心理検査の結果と合わせて診断を行っています。
かかりつけ医から紹介された認知症の人は、難しい症例や、同クリニックでの治療を希望されるときを除いて、診断がつけば戻っていただくようにしています。薬剤の調整までは同クリニックで行い、増量する必要がある薬剤については増量する時期や処方量を具体的に紹介状に記します。
「細かく指示をせずにお任せしてしまうと、必要な増量が行われないなど、適切な治療にならないことが多いためです。さらに、かかりつけ医の先生が判断に困らないように、例えばBPSD(周辺症状)があらわれたときなどの対処方法を、次の一手として記します。それでも対処に困ったら当クリニックに再度紹介いただくようにしています」(初田先生)。
かかりつけ医の先生は、専門医と比べ認知症の人を診る機会が少ないため、薬の効果を実感できる機会が少ないのではないかと初田先生は指摘します。かかりつけ医の先生方にも、薬の効果の現れ方について理解し、自信を持って処方いただけるようにと、初田先生は医師を対象とした講演などを積極的に行い、薬物療法のメリットについて伝えています。
同クリニックが認知症医療を提供するうえでの強みとして、初田先生は、スタッフが認知症の人へ適切な対応ができること、地域包括支援センターなどと連携しながら治療できることを挙げます。診察のサポートをしながら、認知症の人やご家族と接している看護師の福嶋さんは、「ご本人の立場に立って、丁寧に思いやりを持って接しています」と話します。ご家族が不安や心配事を抱えている場合も少なくないので、まずは話を聞き、適切なアドバイスをするよう心がけています。
同じく看護師でケアマネジャーの経験もある中村さんは、「話しかけやすい看護師を目指しています」と語ります。ご本人が理解しやすい話しかけ方や言葉遣いを意識し、神経心理検査を担当するときは質問の順番を臨機応変に変えるなど、モチベーションが下がらないような配慮をしています。
気になる認知症の人がいれば、カルテに入力するだけでなくノートを作成し、看護師全員で目を通して情報共有を図ります。受付スタッフには直接口頭で説明し、クリニック全体で同じ情報を持って、認知症の人やご家族に接しています。
また、地域包括支援センターに勧められて受診した人が、次の通院までの間隔が開いたときには、センターとも情報を共有したり、必要があれば近所の人や民生委員などの手も借りたりするなどして、認知症の人をサポートしています。
初田先生は、かかりつけ医やそのほかの医療従事者などを対象に積極的に啓発活動を行うとともに、認知症の人を地域でどのように支えていくかを考えています。
「認知症の診断や困難な症例の治療は専門医である私が担当するとともに、かかりつけ医の先生にも診ていただき、入院や入所が必要になれば入院設備のある医療機関や介護施設に協力していただくようにしています。認知症医療は当クリニックだけでできることではありません。地域のほかの医療機関などと連携するからこそ可能になるのです」(初田先生)。
医療で連携するほか、行政や医療従事者、介護従事者などが定期的に集う会議にも参加しています。会議は、高齢者が未病の段階で病気を予防して元気に生活することを目指し、地域包括支援センターが各機関に声をかけ実施しているもので、地域の課題やニーズを把握したり、課題解消への意見を出し合ったりしています。
「歯の状態が悪化すると認知症のリスクが上昇するといわれていますし、運動機能の低下も関連してくるといわれます。そのため、他の診療科の先生方を含めさまざまな組織の方と連携して、認知症になる前の段階から予防に取り組んでいます」(初田先生)。
地域の医師や住民にとって心強い存在である初田先生は、地域の認知症医療を支えるため、精力的に活動を続けています。