大分県竹田市、JR豊後竹田駅のほど近くにある医療法人雄仁会 加藤病院は、1951年に設立された精神科病院です。竹田市と隣接する豊後大野市から構成される豊肥地域の高齢化率は2015年に40%を超え、同法人では認知症治療病棟のほか、認知症対応型施設、介護老人保健施設、重度認知症デイケアなどの関連施設を開設し、診療体制を拡充してきました。2013年には認知症疾患医療センターに指定され、地域の認知症の拠点病院として幅広く活動を展開しています。
大分県の南西部に位置する竹田市は、人口約2万2千人の自然豊かな町です。この地で70年近くにわたって精神科医療に貢献してきた加藤病院は、高齢化が進む地域のニーズに応えるべく、より充実した認知症医療を提供するための体制づくりと関連施設の拡充を進めてきました。2013年には県の指定を受け、認知症疾患医療センターを開設。専門的な認知症の鑑別診断や治療を行うとともに、関係機関との連携の拠点として顔の見える関係づくりにも取り組んでいます。
副院長で、認知症疾患医療センターの副センター長を務める加藤雄輔先生は、同院の地域での役割について「当院は120床の認知症治療病棟を備えており、身体症状やBPSD(周辺症状)のために、ご自宅や入居していた施設での生活が難しくなった方を積極的に受け入れています」と話します。
同院の外来を新たに受診する患者さんのうち認知症の人は約7割、月に40人ほどが来院されており、日本老年精神医学会の専門医・認定医である加藤先生をはじめ、日本精神科医学会認定 認知症臨床専門医や、認知症サポート医の資格を有する医師6人が診療にあたっています。
受診のきっかけは、ご家族からの相談が40%、一般病院や診療所などかかりつけ医からの紹介が20%で、そのほか地域包括支援センターや介護・福祉施設、ケアマネジャーからの紹介や、認知症初期集中支援チームの訪問が受診につながることもあるといいます。
初診日には臨床心理士による神経心理検査と、CTでの頭部画像検査、血液検査を実施した後、医師による問診を行います。「問診ではご本人のほか、ご家族や親戚、近所の方などご本人をよく知る方から、来歴や病歴、生活状況などを詳しく聴取することが何よりも重要だと思っています」と話す加藤先生。認知症だとわかったときにご本人・ご家族が受ける心理的な負担を軽減するため、初診時は1時間から1時間半ほど時間をかけ、言葉を選んで慎重に説明しています。
初診では認知症の初期から中等度の人が多いそうですが、最近はMCI(軽度認知障害)の段階で受診する方も増えてきています。その理由について加藤先生は、「地域住民に認知症をより身近に感じてもらうおうと啓発活動に力を入れてきた成果が出てきたのではないでしょうか」と話します。
「私も含め当院の職員が、一般市民向けの講演会や認知症予防教室、寸劇などを地域の公民館や認知症カフェなどに出向いて行っています。そうした活動を通して、早期発見・早期治療の大切さが徐々に浸透してきた印象がありますね」(加藤先生)。
MCIやごく初期の認知症が疑われるときには、画像検査として脳血流SPECTやVSRAD(早期アルツハイマー型認知症診断支援システム)に加え、神経心理検査のWMS-R(ウエクスラー記憶検査)を行うこともありますが、大分大学など他の医療機関の受診が必要となり、費用も時間もかかることから、ご本人・ご家族が精査を希望されたときに紹介を行っています。
また、加藤先生は「できるだけ早期での受診を実現するには、医療従事者や介護・福祉関係者、行政など地域の関連機関との連携が不可欠です」と語り、連携強化を目的に関係者向けの講演会や勉強会、親睦会なども定期的に開催しています。今後はかかりつけ医との関係をより深めるため、困難事例についてのグループディスカッションの実施も予定しており、同院の職員が豊肥地域のクリニックを訪問して参加を呼びかけているそうです。
臨床心理士の小野さやかさんは、外来と病棟、重度認知症デイケアで神経心理検査を担当しています。検査は長谷川式簡易評価スケールやMMSE(認知機能検査)のほか、SDS(抑うつ性尺度)やBPSDを評価して介護者の負担の程度を調べるNPIなどを組み合わせて実施します。
医師や他のスタッフに検査結果を共有するとき、小野さんは点数だけでなく「検査に協力的でした」「取り繕いがみられました」など、検査時の様子も併せて伝えるようにしています。緊張が強い方であれば「リラックスしている状態で検査をしたら点数が上がるかもしれません」などと、検査の見立てを加えることもあるそうです。
「検査を点数化するだけでなく、その方の生活ぶりやご家族との関わり方などを想像しながら検査を実施し、結果を共有することで、その後の適切な支援につなげていきたいと考えています」(小野さん)。
また、同院では抑うつが強い人や、自分の思いを言葉にするのが難しい人を対象に、小野さんら臨床心理士によるカウンセリングも行っています。加藤先生は「現在は臨床心理士の数が少なく、医師がご本人・ご家族の悩みや不安をお聞きすることもよくありますが、そうすると診察時間がどうしても長引いてしまいます」と課題を挙げ、診療の効率化を図るためにも今後は臨床心理士を増員して、心理面でのケアをより手厚くしていきたい考えです。
認知症疾患医療センターに所属する精神保健福祉士の三浦正博さんは、同センターの窓口として認知症のご本人やご家族、各関係機関からの相談に対応しています。
「話しやすい雰囲気を心がけ、ご本人・ご家族の話をきちんと聞く姿勢を大切にしています」と語る三浦さん。面接の際には、ご本人の抵抗感を和らげるため“認知症”や“もの忘れ”という言葉は使わず、日常会話の中から認知症の症状を把握するようにしています。また、ご家族には日々の介護をねぎらう言葉をかけ、「認知症の方が健康で生活を送るためには介護する方の健康が一番大事ですから、ご家族の健康も大事にしてくださいね」と伝えるなど、ご本人・ご家族の気持ちに寄り添っています。
また同センターでは、豊肥地域の認知症初期集中支援チームや認知症地域支援推進員から同行訪問の依頼を受けることも多く、三浦さんも要請に応じて認知症が疑われる方のご自宅に出向き、訪問先で長谷川式簡易評価スケールなどスクリーニング検査を実施しています。その際、可能な範囲でご自宅の様子を観察し、鍋を焦がした跡がある、冷蔵庫の中の食材が腐っているといった状況があれば、ご本人・ご家族に医療機関の受診を勧めます。
「病院に行きたがらない方も多いですが、それでも私が訪問したことで『あんたがおるんなら、病院に会いに行こうかね』と言ってくださることもあります。訪問時に得た情報が診断や治療の一助になることもありますから、同行訪問はとても有意義だと思います」(三浦さん)。
作業療法士の後藤仁さんは、認知症治療病棟での生活機能回復訓練を担当しています。後藤さんは、これまで多くの認知症の人と関わってきた中でも、特に前頭側頭葉変性症の男性が印象に残っているといいます。
その方は入院当初は意欲が低く、拒薬や拒食があり、リハビリテーションなどの活動への参加も拒んでいましたが、ご家族から車やバイクが好きだと聞き、車やバイクの雑誌や動画を一緒に見ながら話しかけるうちに、少しずつ表情が明るくなっていったそうです。
「その後は拒薬や拒食もなくなり、活動にも参加されるようになりました。ご自分から職員や他の入院患者さんに声をかけ、周囲の人と笑顔で交流される様子を目にして、ご本人の生活背景や気持ちに添った個別的なケアの大切さを再認識しました」(後藤さん)。
後藤さんは、「認知症の方は環境の変化に対してストレスや不安を感じやすく、本来持っている能力を発揮できないことが多々あります。認知症の方の来歴や趣味、思いなどをできるだけ尊重し、ご本人が楽しいと感じて主体的に参加できる作業活動を提供していきたいですね」と、今後の目標を語ります。
同院が運営する重度認知症デイケアでは、認知症の症状緩和や認知機能の向上、ADL(日常生活動作)の維持を目的に、脳トレやクイズ、計算・漢字ドリル、合唱、カラオケなど利用者の能力に合わせた脳活性プログラムを提供しています。管理・運営を担当する認定心理士の大塚央士さんは、「ここ豊肥地域は過疎化が進み、高齢者の独居や老老介護の世帯が多いのが特徴です。認知症の方ができる限り在宅生活を継続できるよう、当施設が“最後の砦”となってフォローしていきたいと思っています」と、施設の役割を語ります。
認知症は原因疾患によって現れる症状が異なります。「ご本人の性格も絡んできますから一概には言えませんが、原因疾患別の特徴を理解して関わることで、その方の良い部分を引き出すことができます」と話す大塚さん。例えばレビー小体型認知症の方は幻覚・妄想が強くなるので、その方が言っていることを否定せず受け入れてあげる、前頭側頭葉変性症の方はもの忘れよりも問題行動が目立ってくることが多いので、問題行動を一般的な行動に置き換えるよう働きかけるなど、原因疾患に合った対応を心がけています。
また、同院では事業対象者と要支援1・2と認定された方が利用できるデイサービス「グリーンハウス」を併設しています。管理者で理学療法士の桑島悠輔さんは、「利用者さんが機能訓練やレクリエーションを『やらされている』と感じないように、運動と認知トレーニングを組み合わせたコグニサイズなど、楽しんで取り組めるメニューを多く取り入れています」と話します。
一方で桑島さんは、前期高齢者対象の認知症予防教室の運営も担当しています。この教室は、同院が竹田市から受託した認知症発症予防事業の一環として実施しており、全9回、4ヵ月間にわたって運動習慣や生活習慣について、グループワークを通じて学びます。参加者は教室で学んだ予防法を実生活でも実践し、参加の前と後とで認知機能検査のデータを比較するなど、予防の効果を検証する予定です。
「予防の重要性は認識されているものの、治療ほどは浸透していないのが現状だと思います。本事業で得た結果から予防を意識した生活習慣が認知機能の維持や改善に効果があると発信し、より早期から認知症予防に取り組める体制づくりを進めていきたいですね」(桑島さん)。
竹田市の2018年の高齢化率は45.1%で、2025年には47.8%になると見込まれています。この現状に加藤先生は、「健康寿命を延ばすことが重要です。60代以上の方は認知症だけではなく、生活習慣病の予防にもいそしんでもらえれば」と話します。
これまでも関係者向け・一般市民向けを問わず、病院をあげて啓発活動に取り組んできた同院ですが、加藤先生は「今後は高齢者だけでなく、その子どもや孫も含めた家族3世代が楽しく認知症と生活習慣病の予防に取り組める、アトラクション感覚のアクティビティーを備えた施設の開設を実現したいと思っています」と夢を語ります。
「栄養バランスの取れた食生活や適度な運動習慣などが認知症予防にいいとわかっていても、楽しくなければ続けることは難しいと思います。お子さんから高齢者まで、幅広い世代が楽しんで参加できる施設をつくり、その隣りに生活習慣病や認知症予防のためのクリニックを併設するなど、日常生活の中で予防に取り組める仕組みづくりを考えていきたいですね」(加藤先生)。