福井県若狭町の若狭町国民健康保険上中診療所は、町が経営する公立の診療所です。前身である若狭町国民健康保険上中病院の開院以来、40年近く地域医療の要となってきました。2016年に病院から診療所となり、より身近な“かかりつけ”として、認知症医療を提供しています。
若狭町国民健康保険上中診療所は、内科、整形外科、リハビリテーション科、歯科を標榜し、19床の病床を備えた公立診療所です。所長の岡本敏幸先生は、故郷である若狭町で地域のかかりつけ医となるために、専門の消化器内科以外にもさまざまな診療科で研鑽を積んできました。1997年に同診療所へ赴任後は在宅医療に取り組み、訪問診療を行うなど、地域で求められている医療を提供しています。
同診療所では、認知症医療にコウノメソッドを取り入れています。コウノメソッドとは、名古屋フォレストクリニックの河野和彦先生が提唱する治療方法で、症状に合わせて薬の種類や用量を細かく調整します。
岡本先生は、6年前にコウノメソッドに出会うまでは、認知症に対して医療ができることは少ないと思っていました。
「コウノメソッドを取り入れると、ご本人のいわゆる問題行動が減り、ご家族も穏やかに暮らせるという効果があらわれました。医療は認知症にもっと介入できると知り、コウノメソッドの実践を続けています」(岡本医師)。
認知症を疑って同診療所を受診した人に対し、岡本先生は、長谷川式簡易評価スケールや時計描画テスト(CDT)、頭部CT検査などを行い、現在の状態を把握します。近所付き合いを大切にする土地柄であることから、ご家族以外の友人や地域の人から情報収集できることもあります。診断ではコウノメソッドによる分類を行い、薬剤を処方していきます。
「ご本人の情報をいかに詳しく引き出すかが重要で、情報が多ければ、より状態がつかみやすくなります。治療開始後は、ご家族や地域の方などがキーパーソンになって、私たちと継続して認知症の方の情報を共有し、一緒に診ていくことが大切です」(岡本医師)。
岡本先生は、認知症を完治させる薬剤がまだ開発されていないことから、「認知症医療の目標は、“治癒”ではないでしょう」と言います。ご家族と一緒に暮らしている人であれば、在宅でその生活が続けられることを目標に定め、そのために医療で貢献したいと考えています。
在宅医療に力を入れる同診療所では、訪問診療も行っており、岡本先生も赴任以来、患者さんの自宅を訪問し、診察を行ってきました。「父もこの町で開業し、往診などをしていましたから、この地で訪問診療を行うのは当然のことと思っていました」と岡本先生は言います。
自宅に出向くことで「患者さんのふだんの姿を見ることができます」と岡本先生は指摘します。室内の状態や日頃の生活、ご家族との人間関係は、血圧や血糖値のコントロールにも影響するので、どうすれば改善できるかの具体的な指導や提案ができ、症状も安定します。それは、診療所の外来だけで診療していてはできないことだと岡本先生は感じています。
岡本先生は、「以前は、訪問診療はご自分で通院できない方に医療を提供するという、診療形態のひとつに過ぎないと思っていました。しかし、実際にご自宅を訪問すると、施設にいては見えないものが見え、介入の仕方を変えることで症状の安定につなげられるのです。それは生活習慣病でも認知症でも同じです。訪問診療はとても大きな役割を担っていると思います」と、意義を語ります。
同診療所には病床があるほか、通所リハビリテーションも提供しており、看護職に加え、作業療法士や理学療法士など多職種が連携して看護やケアを提供しています。看護師長である岡本晴美さん(以下、晴美さん)は、午前中は外来、午後は病棟と診療所全体の業務にあたっており、「病院から診療所に変わり、限られた数のスタッフで看護やケアを行っていますので、その質を落とさずにいかに効率よく動き、認知症の方や患者さんをしっかり診ていけばいいのかを常に考えています」と言います。
晴美さんは認知症の人に変化がないか様子を観察し、何かあれば岡本先生や看護スタッフと口頭で情報を共有します。一方で、外部のケアマネジャーや訪問看護師から情報がもたらされたときは、診療介助などが遮られることがないよう、FAXなど文書で受け取り、形に残すことで確実に情報を共有しています。
晴美さんは、認知症の人やご家族がどのようなことに困っているか、不安を感じているのかに耳を傾ける機会も多くあります。
「まずは、認知症の方やご家族のお話を一通りお聞きすることを心掛けています。決して私のほうから先に、何かを提案したりアドバイスを行ったりはせずに、まずは相手のお気持ちを伺うことが大切だと思っています」(岡本看護師)。
相手を重視して関わることで、認知症の人によい変化があらわれることが、晴美さんたち看護スタッフの喜びにつながっています。
若狭町では、地域をあげて認知症の早期発見とサポートに取り組んでおり、町内の小中学生は地域包括支援センターの職員による認知症サポーター講座を受講し、認知症とはどういうものか、認知症の人をどう支援したらよいのかなどの知識を得ています。岡本先生は、「子どもたちが認知症を理解することで、認知症の方を“見る”目が地域に増えることは、早期発見や認知症の方が安心して住み慣れた土地で暮らすために大切だと考えています」と評価します。
行政が子どもにも啓発活動を行っているなか、岡本先生もまた、地域の人々への啓発活動に力を入れていく考えです。岡本先生が考える、治癒ではなく、現在の暮らしをできるだけ長く続けることを目標とする認知症医療と、目標達成のために医療は十分に貢献できるということを、地域住民に理解してもらうための啓発活動です。
「この夏に予定している地域住民向けの勉強会では、ほかの疾患がテーマですが、最後に認知症に関する動画を流せば、興味を持ってもらえると思います。高い関心が寄せられるようであれば、何回かのシリーズにして、認知症をテーマにして話していきたいと考えているところです」(岡本医師)。
公立診療所のかかりつけ医として、地域住民がいつまでも住み慣れた環境で暮らすために、岡本先生はさらなる貢献を目指しています。
若狭町国民健康保険上中診療所
〒919-1541
福井県三方上中郡若狭町市場19-5
TEL:0770-62-1188