福岡市と北九州市の中間に位置する遠賀郡岡垣町。この町にあるおかがき病院は設立以来、リハビリテーションを中心とした回復期・慢性期医療を提供してきました。さらに、早期の認知症に対応するもの忘れ外来を開設。リハビリテーション専門医や精神科医、看護師、ソーシャルワーカーらが連携し、地域の認知症医療に力を注いでいます。
岡垣町を含む水巻・芦屋・遠賀の4町と中間市を医療圏とする遠賀中間医師会が、福岡県立遠賀病院より移譲を受けて前身である遠賀中間医師会病院を設立したのは2005年のことです。その後、おかがき病院への名称変更を経ましたが、同院は一貫して、回復期リハビリテーション病棟と地域包括ケア病棟を備えた慢性期病院として、地域医療の中核を担ってきました。特にリハビリテーションに力を入れており、院長の竹之山利夫先生をはじめとする3名の日本リハビリテーション医学会専門医と、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士ら約50名のセラピストがきめ細かいリハビリテーション医療を提供しています。
竹之山先生が院長として着任した2007年当時、同院は50床の精神科病棟を有しており、アルツハイマー型認知症など認知症の人が多く入院していたそうです。“ていねいな病歴の聴取”を心がけ、患者さんの状態を見ながら服薬状況を把握することが大切だと考えている竹之山先生は「薬が適正に使用されていなかったのか、胃腸障害や異常興奮、身体の筋肉や関節が固くなり動かないなどの症状が出ている方もおられました」と当時を振り返ります。
「抗精神病薬の中には薬剤性パーキンソニズムを引き起こすものもあります。処方が合わず、思うように体が動かせずに転倒し、骨折して入院される方も多く診てきました。そこで処方薬を見直し、ご本人・ご家族の了解を得て不必要な薬を減らしていきました」(竹之山先生)。
現在、同院に精神科病棟はありませんが、入院・外来ともに高齢患者が多く、脳卒中や頭部外傷の後遺症を持った人が認知症を発症したり、認知症の人が脳卒中を発症したりすることも少なくありません。竹之山先生は「フレイル(加齢により心身が老い衰えた状態)という考え方の中で、運動介入や栄養介入が認知機能の改善につながると期待されています。医師はどうしても薬物療法に偏りがちですが、栄養管理やリハビリテーションの関与も重要なのではないかと考えています」と語ります。
高齢化が進む地域の状況を踏まえ、同院では精神科医を招いて週1回、もの忘れ外来を開設しています。普段は県内の精神科病院に勤務している柳原孝章先生は、「もの忘れが気になっていても、精神科を受診することに抵抗を感じる方も多いと思います。その点、おかがき病院は内科の病院なので気軽に受診できるのではないでしょうか」と、地域の認知症医療の中で同院が担う役割について話します。
受診のきっかけとしては、認知症を疑ったご家族がご本人を連れて来られることが多く、直接来院する人もいれば、かかりつけ医から紹介されて受診する人もいるそうです。初診日には、まずソーシャルワーカーによる詳細な予診と、看護師が長谷川式簡易評価スケールやMMSE(認知機能検査)を実施し、そこで得られた情報をもとに医師が診察していきます。
診断をつけるにあたって柳原先生は、甲状腺機能低下症や特発性正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、アルコール性の認知機能障害など、いわゆる“治る認知症”を見逃さないよう細心の注意を払っています。また、認知症のタイプの鑑別にも注力し、MCI(軽度認知障害)の疑いがあれば、MoCA-J(軽度認知障害スクリーニング)を実施するほか、近隣の医療機関に依頼して、レビー小体型認知症が疑われるときはDATスキャンを、アルツハイマー型認知症かMCIかの判断が難しいときにはSPECTを追加します。
告知の際には病名をきちんと伝えた上で、「残された人生をどう生きていきたいですか?」、「あなたが希望する人生を送れるようサポートさせてください」と話しているそうです。
「私自身は、患者さんにとっての人生のゴールは“ピンピンコロリで大往生”だと思っています。医師として治療を提供するだけでなく、認知症の方の価値観を尊重しながら、ご本人が笑顔で寿命を全うし、ご家族も納得して看取ることができるようサポートしていくことにも重きを置いています」(柳原先生)。
柳原先生とともにもの忘れ外来を担当する精神科医の手錢宏文先生は、大学卒業後、精神科全般の診療に従事してきました。これまでに多くの認知症の人を診療してきた経験から、「根本治療薬の開発がうまく進んでいない現状では、認知症診療は予防やQOL(生活の質)の維持・向上など、医療以外のケアの部分が重要だと思います」と語ります。そのため診断時には病気や治療の説明だけでなく、介護保険制度の概要や必要性についても併せて説明し、地域にどんな施設があるかといった詳しい情報を求める人はソーシャルワーカーにつないでいます。
診断後は必要に応じて薬物療法を行い、定期的な通院でフォローしていきます。その中でご家族が個別での面談を希望されることもあり、時間を取って介護のつらさや困っていることなどを傾聴し、必要に応じて対応の仕方や生活面での工夫についてアドバイスしています。
症状がある程度落ち着いたところで、ご本人・ご家族と相談してかかりつけ医に戻るケースも多く、その場合は紹介状にこれまでに行った治療内容や環境調整を記載するだけでなく、「何かあればいつでもご相談ください」という一言を添え、円滑な連携ができるよう心がけているそうです。
2018年に同院に入職した吉川公正先生は、日本リハビリテーション医学会の専門医・指導医として、専門である脳卒中の治療とリハビリテーションを中心に診療にあたっています。脳神経外科での診療経験が長く、前院では高次脳機能障害の専門外来を担当する中で、高齢化に伴い脳卒中や脳外傷患者に認知症を合併する方が増えたことがきっかけで認知症診療に携わるようになり、研鑽を重ねて認知症サポート医の資格も取得しました。
「脳卒中の後遺症として失語症が起こることも多いのですが、認知症との鑑別が難しいこともあり、スタッフが認知症ではな い方に対して、認知症の方と同じ接し方をしてしまうこともあります。病棟では一人ひとりの病態を評価して適切にコミュニケーションを取り、オーダーメイドのリハビリテーションの提供を心がけています」(吉川先生)。
また、認知症状の進行とともに摂食・嚥下障害がみられることも多く、吉川先生は「薬物療法と合わせて、摂食・嚥下障害の検査や評価の結果をもとに専門的なリハビリテーションも実施できる点は、当院の強みだと思います」と話します。
竹之山先生、吉川先生と同じく、日本リハビリテーション医学会の専門医・指導医のである白石純一郎先生は、リハビリテーション全般を幅広く担当しています。近年ではパーキンソン病のリハビリテーションにも力を入れており、「パーキンソン病には認知機能障害の症状があり、認知症を合併している方もいるため、認知症を意識しながらリハビリテーションプログラムを作成しています」と話します。
また白石先生は、「認知症の原因疾患はさまざまですし、認知症ではない脳の疾患が認知機能低下を引き起こしていることもあります」と話し、必要に応じて神経心理検査やCT検査を行って高次脳機能障害と認知症を鑑別しています。
「認知症があるかどうかで、リハビリテーションの戦略は大きく変わります。例えば、高次脳機能障害は進行性のものではないので、リハビリテーションをすれば身体機能やADL(日常生活動作)はある程度改善します。しかし、認知症は進行性の疾患ですから、将来的に症状が悪くなることを想定しながらリハビリテーションを進める必要があります」(白石先生)。
同院では、認知症が疑われる入院患者さんや精神症状で対応を見出しにくい人は、精神科リエゾンという形で柳原先生、手錢先生にアドバイスを求めるなど、リハビリテーション専門医と精神科医、看護師、セラピストのコラボレーションにより診療しています。
柳原先生は「もの忘れ外来でも予診や検査をソーシャルワーカー、看護師に担当してもらっていますが、他の職種のスタッフにも協力してもらえる体制を整え、より一層チーム医療を進めていきたいと考えています」と話します。特に、ご本人やご家族の近くにいるケアマネジャーとの連携を重視し、外来にケアマネジャーが同行しているときはご本人やご家族と一緒に診察室に入ってもらうなど、連携のための環境づくりを心がけています。
吉川先生も「リハビリテーション外来の短い診察時間の中で認知症の症状に気づくのは難しいのですが、ケアマネジャーからの情報をきっかけに認知症が見つかることも多いです」と話し、医師がケアマネジャーなど地域の介護職と連携することで、医療・介護サービスを受けていない認知症の人とつながりを持てるのではないかと期待しています。
また、竹之山先生は地域の課題について「独居の高齢者の方も増加しており、認知症の早期発見は難しいのが実情です。これからは『あの人大丈夫かしら』と、ご近所同士で“良いおせっかい”を焼けるコミュニティーづくりが大切なのではないでしょうか」と語ります。
「認知症は治らない病気ではありますが、周囲の対応と協力次第で問題行動が改善したり、症状の進行が緩和したりすることもあります。一般の方にも認知症についての正しい知識や、認知症の方との接し方を勉強してもらって、優しい対応を心がけていただきたいですね。そして、誰よりも我々医療従事者が、認知症の方に敬意を持って接するべきだと思います」(竹之山先生)。