全国有数の豪雪地帯にあり「かまくらのまち」として知られる、秋田県横手市。高齢化率が全国一の秋田県ですが(2018年現在)、横手市の高齢化率は38.5%と、県全体の37.1%を上回っています(2019年7月1日現在)。福嶋内科医院では、内科全般を幅広く診療するとともに、地元で数少ない脳神経内科クリニックとして認知症診療にも取り組み、高齢化が進む地域の医療に貢献しています。
院長の福嶋隆三先生が、出身地である横手市で同院を開業したのは2002年のことです。開業前に勤務していた地元の総合病院では、脳神経内科を専門としながらも内科全般を幅広く診療していました。その経験から、同院でも内科・脳神経内科のほか、循環器科・呼吸器科を標榜し、糖尿病や高血圧などの慢性疾患も診療しています。
「体の不調が認知症の症状悪化につながることもあります。認知症だけでなく、全身の健康状態を診ることができるのが当院の特徴です」と語る福嶋先生。脳神経内科を専門に選んだ理由を尋ねると、「私が医学生の頃、脳神経内科は“わからない、治らない、儲からない”といわれており、私は、そこに興味を持ったのです」と笑顔を見せます。
福嶋先生が脳神経内科医になった頃、アルツハイマー型認知症は一般的に精神科で診察されていましたが、精神科の受診をためらって脳神経内科を受診する方や、パーキンソン病で認知機能が低下した方など、脳神経内科でも度々認知症の方を診察する機会があったと言います。抗認知症薬がなかった時代は、BPSD(周辺症状)が強い方に抗精神病薬や抗てんかん薬を適宜処方していたそうですが、今では複数の抗認知症薬が使えるようになり、治療の選択肢が広がりました。しかし、福嶋先生は、「昔も今も、大切なのはご家族や介護者など周囲の方の対応です」と話します。
「ご家族の中には、薬を飲めば認知症が治ると思っている方もおられますが、認知症の進行を本質的に抑制する薬はまだありません。残されている認知機能を維持し、意欲が多少回復することで生活の質が高まることはありますが、薬はあくまで補助的なものだと考えています。ご家族の方には、ご本人の言動を否定しない、怒らないなど、感情に配慮した対応を心がけるようアドバイスしています」
同院の1ヵ月の患者数は1700~1800人で、そのうち認知症の人は250人ほど。アルツハイマー型認知症が約200人、レビー小体型認知症が約10人、前頭側頭型認知症が1人、またパーキンソン病に認知症を合併している方が約40人という内訳です。
受診のきっかけは、他のクリニックからの紹介もありますが、多くは認知症を疑ったご家族に連れられて来院されます。女性であれば、料理の味つけがおかしくなる、凝った料理をしなくなるなどといった異変にご家族が気づきやすく、比較的早い段階で受診される方が多いのに対して、男性、特に定年退職後の方は変化が見えにくく、症状がかなり進行するまで気づかれないこともあるそうです。
また、受付スタッフが、他の病気で通院中の方の様子がおかしいことに気づいたときは福嶋先生に伝えられ、次の受診時に検査を行っています。その際は、ご本人が驚いたり、拒否したりしないよう、世間話をしながら「ご高齢の方によくお聞きしている質問があるのですが…」などと切り出して、納得して検査を受けてもらえるよう配慮しています。
検査は、主に長谷川式簡易評価スケールとMMSE、時計描画テスト(CDT)、CTを行いますが、診断の際は問診を重視しています。
「長谷川式簡易評価スケールは30点満点で20点以下だと認知症疑いと判定されますが、21点だから認知症でないとは言い切れません。また逆に、満点に近い方でも認知症の初期のこともあります。ご本人、ご家族から、何に困っているのかなど日常生活の様子を詳しくお伺いして診断につなげています」
若年性アルツハイマー型認知症が疑われる場合や、ご本人、ご家族が希望された場合には近隣の総合病院を紹介し、MRIや脳血流を調べるSPECTなどの画像検査も行うことがあるそうです。
普段の診察では、認知症の人とは必ず目を合わせて、笑顔で接するよう心がけているという福嶋先生。ご家族に強引に連れて来られた方も、先生がニコニコしながら話を聞いていると、同じようにニコニコして「また来るからな」と言って帰っていかれ、次回からは嫌がらずに受診することもあるそうです。また、介護施設へ訪問診療に行くと、通院中の方から声を掛けられることもあり、「認知機能が低下しても私の顔を覚えてくださっているのはうれしいですね」と、認知症診療のやりがいを語ります。一方、ご家族とも積極的に話をして、日頃の困り事などを傾聴し、思いを受け止めるようにしています。
「認知症の人の尊厳を損なわないよう接することは、BPSD予防のために重要です。しかし、『怒らないで』『否定しないで』などと言い過ぎると、ご家族が我慢を重ねてしまったり、『私の介護の仕方が悪いのではないか』と落ち込んでしまったりすることもあります」
以前は「最後まで面倒を見たい」と希望するご家族が多く、福嶋先生もできるだけ長く自宅での生活を続けてもらう方針でしたが、最近はご家族が疲弊する前に介護施設への入所を勧めるなど、早めに福祉サービスにつなぐようにしています。
福嶋先生が最近の課題と考えているのが、高齢者の自動車運転です。運転免許更新時に受けた認知機能検査の結果が悪く、診断書が必要となって同院を受診する人が増えていますが、同院で改めて検査をすると認知機能に問題がないこともあります。
「服用している薬剤の影響で認知機能が低下することもあり、薬を中止した後の再検査で点数が上がった方もおられました。ここ横手市は農業を営む方が多く、車なしでは仕事や生活が成り立たない状況もあることから、運転が可能かどうか慎重に判断しています。ただし、MCI(軽度認知障害)の方は、現在は運転に支障がなくても定期的に診察を受けてもらってフォローしています」
クリニックでの診療の合間を縫って、市民向けの講演会など啓発活動にも取り組む福嶋先生。講演では「認知症は誰もがなる可能性のある病気であり、もし認知症になったとしても自分らしく生き生きと暮らすことはできる」というメッセージを伝えるようにしています。
「有酸素運動や高血圧、高コレステロール血症、糖尿病など生活習慣病の予防が認知症予防に有効といわれていますが、必ずしもそうとは言い切れません。どなたでも、認知症になる可能性はあります。認知症を過度に恐れず、ご家族や周囲の方のサポートを得ながら楽しく暮らしていければ、それが理想と言えるのではないでしょうか」
一方、横手市の高齢化率は高く、高齢者の一人暮らしや、高齢者の介護を高齢者が行う「老老介護」、認知症の人の介護を認知症の家族が行う「認認介護」も増えています。福嶋先生は「介護・福祉サービスの拡充も重要な課題ですが、認知症を診る医師がまだまだ少ないことも問題です」と指摘します。
「認知症は誰でもなる可能性があります。これからはコモンディジーズとして、誰もが診療しなければならない時代がくるでしょう。かかりつけ医の先生方も認知症は避けて通れないのではないかと思います。ADLが保たれている方は、かかりつけ医が診療し、重度のBPSDなどに困ったときは専門医に紹介するなど地域の医療機関との連携を深め、認知症になっても協力してよりよく暮らせるように支えていきたいですね」
医療法人敬仁会 福嶋内科医院
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