山形県村山市、JR村山駅から車で10分ほどの、水田と果樹園が広がる風景のなかに立地する羽根田医院は、1988年の開設以来、内科・小児科で地域医療を支えてきました。親子孫ひ孫の4代で通院する住民も少なくない同院は、2007年に現在の場所に移転、2016年には脳神経内科を開設し、認知症医療にも力を入れています。
「当院は、小児科医の父、消化器内科医の母で地域医療に取り組んで来た、まさに“家庭医”の医療機関です。今は、脳神経内科の私と小児科の私の夫とが加わって家族ぐるみで運営しています」と、羽根田医院で認知症医療に取り組む高橋賛美先生は語ります。
高橋先生は、大学病院に脳神経内科医として勤務していたときに、糖尿病と認知機能の関係についての疫学調査注1)に参加し、地域医療における認知症医療の重要性を認識したと言います。さらに、認知症と似た症状が現れる特発性正常圧水頭症で、それまで報告がなかった家族性の症例に出会って発表した論文注2)が世界初のケースレポートとして注目されたことも、認知症医療に力を入れるきっかけになりました。
「この地域では当院が唯一の医療機関ですので、脳神経内科に限らずさまざまな病気を抱える方を診ています。内科的な背景から認知機能が低下するケースも多いですから、一人ひとりを丁寧に診ていくことが大切だと考えています」と、高橋先生は語ります。
認知症を疑って受診された方には、まず、医師や看護師が長谷川式簡易評価スケールやMMSE、ご本人とご家族から困りごとなどを聞き取ります。さらに血液検査と医師の神経学的診察、総合病院に依頼するMRIやSPECTなどの画像検査の結果と併せて診断を行っています。
「認知症と診断されたときには、すぐに説明することもあれば、時間をかけて徐々にお話しすこともあります。ご本人もご家族も長いお付き合いの方が多いので、それぞれの暮らしぶりや性格なども把握していますから、ケースバイケースです」(高橋先生)
もちろん、介護スタッフの支援が必要な方には制度の説明を早い段階で行って市の認知症サポートチームや事業所につないでいます。
この地域では、生活上の支援が必要になり、そろそろ介護認定を受けようという段階で、認知症の検査を受けることも多いと高橋先生は言います。
「家族や地域のサポート力が高いので、少々、もの忘れがあっても支障なく生活できる方が多いのです。生活習慣病などで長年にわたって当院に通っておられる方に認知症の兆しが見えたときでも、すぐに検査を勧めることはせず見守ることが多いです」(高橋先生)
この方針の背景には、高橋先生が同行したネパールでのフィールドワークの経験があります。ネパールをはじめ南アジアは認知症の発生率が少ないと言われていましたが、高齢者の認知機能を検査してみると日本と変わらない割合で認知症と判明することがありました注3)。ネパールでは、かなり認知症が進んでいても伝統的な暮らしのなかで支障なく生活できているため、認知症だと意識されていないのです。
「ご本人とご家族が困っていなければ、もの忘れがあっても大丈夫なのはこの地域でも同じ。慣れた暮らしを続けるほうがよい場合も多いです」と高橋先生が話すように、訪問診療先に、在宅酸素療法を受けているためにあまり動けない夫と認知症の妻のふたり暮らしにも関わらず、家は常にきれいに片づき、穏やかな暮らしを続けているご夫婦もいるそうです。
認知症の方と接する際に大切にしているのは、言葉を選んで丁寧に接することが大切だと語るのは、看護師の川崎さやかさんです。
「長谷川式などの認知機能検査は私たち看護師も行いますが、答えに詰まったことで焦ってしまう方も少なくありません。プライドを傷つけたり追い詰めることにならないよう、気をつけています」(川崎さん)
同院に認知症で診察を受けに来る人は、以前からも受診している人がほとんどであるため、一人ひとりの人柄を熟知し、家族とも親しいからこそ、きめ細かな対応ができるのが同院の強みです。
「健診や持病の治療で来院されたときに、順番が待てなかったり、保険証や診察券が見つからなかったり、それまでと様子が違うことに気づくこともよくあります。そんなときは院内で情報共有して認知症の可能性を念頭において対応し、ご家族ともお話をして、介護認定などが必要な状況なら、すぐに検査や治療につなげるようにしています」(川崎さん)
医療事務の折原恵美さんも、「人生の先輩への敬意を忘れることなく、一人ひとりに寄り添えるように気をつけています」と語ります。
医院のスタッフが勤務時間外に、認知症で治療を受けている方が道を彷徨っているのを発見し、関係者と連絡をとって無事に自宅に送り届けたことがあったそうです。認知症になるずっと前から家族ぐるみで長く受診している方が多く、職員が患者さん一人ひとりの顔や住まい、家族構成、症状などを頭に入れているからこそできるファインプレイでした。
「ご本人やご家族の困りごとを解決できたときには、やり甲斐と喜びを感じます。これからも、一人ひとりの家族構成や生活の実情に合わせたサービスが受けられるように、ご家族とよくお話をして、医師、看護師はもちろん、ケアマネさんとも密に連携していきたいと思います」(折原さん)
同院の隣には、理事長の羽根田敏先生が同じく理事長を務めるNPO法人ベテスダが運営する、健康増進運動施設『ベテスダの家』があります。健康運動指導士が常勤して、さまざまな年代を対象とした運動教室や文化教室を開催。並行して0歳児からの病児保育、一時預かり、高齢者向けの運動に特化したデイサービスを行っています。小児から高齢者までを診療する羽根田医院との連携もあって、年齢を問わず、健康な方にも病を抱える方にも幅広くサービスを提供できる施設となっています。
「0歳から100歳まで、と謳っていますが、101歳の女性も通っておられます。10年前に歩くのが難しい状態で来られたのですが、今ではすっかり歩けるようになり、家業の蕎麦屋の“看板娘”として活躍しておられます」と語るのは、NPO法人事務局長でインストラクターも勤める渡辺祐光さんです。
ベテスダの家で行うデイサービスや各種教室の利用者には認知症の方もいますが、認知症だから特別に対応を変えることはありません。
「利用者さんが同じ話を繰り返したら何度でも聞いたらよいし、こちらの説明を覚えられなかったら何度でも説明したらよいと考えています。運動療法では、一人ひとりの運動能力に合わせた指導を行いますが、その方が認知症であるかどうかは関係ありません」(渡辺さん)
ベテスダのデイサービスは要支援1~2の方を対象とした介護予防が目的の通所サービスなので、要介護と認定されている方は対象にはなりません。
「認知症が進んで要支援から要介護になった方が通い続けたいと希望されたので、ご家族とも相談した上で一般のクラスに来ていただいているケースもあります。その方の様子を見ていても、運動療法に関しては認知症の方も、一般の方も同じように取り組んでいただけると感じています。患者さんの運動機能は3か月に一度測定しており、数値としても改善がみられることがうれしい」と渡辺さんは語ります。
さらに、同院の敷地内には“まなハウス”という福祉型集合住宅が開設されています。高齢者福祉施設ではなく、管理人が常駐している支援付きの賃貸住宅で、独り暮らしに不安を感じる方や生活に手助けが必要な方が暮らしています。雪の多い冬期のみの利用も可能です。
一般住宅なのでプライバシーは守られると同時に、談話室や共同キッチンで隣人とお喋りをしたり、食事やお茶を共にすることができます。ベテスダの家で運動に取り組み、敷地内の畑で農作業やガーデニングを楽しむこともできます。
「自宅での独り暮らしは不安という認知症の方も利用可能です。住み慣れた地域、愛着あるコミュニティのなかで、できるだけ長く暮らしたいという方たちを支えたい。そのための選択肢のひとつとして、利用していただけたらうれしい」と、高橋先生は語ります。
村山市の西岸地域で唯一の医療機関として、2つの高齢者施設の嘱託医を務め、訪問診療にも取り組んでいます。ベテスダの家やまなハウスを開設したきっかけも、地域のニーズに応えるためでした。
「行政からの依頼があれば、何でも協力するようにしています。地域のみなさんの家庭医として、診療はもちろん、介護予防などにも積極的に取り組んでいきたいですね」(高橋先生)
地域の高齢化の進展や医療ニーズの変化に合わせて、一人ひとりに、ひとつひとつの家族に寄り添う羽根田医院の取り組みは、これからも続きます。
羽根田医院
〒995-0112
山形県村山市湯野沢1921
TEL:0237-54-3888
NPO法人ベテスダ
〒995-0112
山形県村山市湯野沢1922-2
TEL:0237-54-3591