2000年に福岡市中央区御所ヶ谷で開業、2009年に現在の中央区舞鶴に移転した御所ヶ谷ホームクリニック。御所ヶ谷グループとして、同じビルでデイサービス、ケアプランサービス、家政婦紹介、ヘルパーステーション、コミュニティハウス(介護保険とは異なる枠組みの高齢者住宅)を、また城南区で有料老人ホームを運営しています。医療と福祉の垣根を越えてさまざまな職種のスタッフがきめ細かく連携し、地域の高齢者の穏やかな生活を支えています。
田中耕太郎院長が御所ヶ谷ホームクリニックを開業したのは2000年。当時はまだ認知症という言葉は使われておらず、専門的な治療を行う医療機関もほとんどありませんでした。
「総合診療医として地域の高齢者のターミナルケアに取り組みたいと考えて開業しました。それまで勤務していた大学病院で高齢者医療に携わっていたので認知症の方も診ていましたが、認知症医療について特に強い思いがあったわけではありませんでした」と田中院長は振り返ります。
転機が訪れたのは、福岡市中央区医師会の役員となり中央区の認知症医療に関する調査に携わったときでした。「開業7年目くらいだったと思います。一般の方が認知症かもしれないと考えたときに、どの病院のどの科を受診したらよいかわからない。さらに、医療機関も紹介先に困っているという実態が判明したのです」(田中院長)
そこで、同クリニックで認知症医療に取り組み始めるのと並行して、福岡市の認知症医療ネットワークづくりを進めました。
「当院では、親族が以前から看護師家政婦紹介事業を営んでいたこともあって、早い段階から訪問介護やデイサービス、ケアプランサービスなどにグループとして取り組んでいました。そんな私たちの経験を福岡市のシステムづくりに生かすことができたと思っています」と田中院長は語ります。
2011年に、大学病院で認知症の研究に従事していた精神科医である佐々木健介先生が副院長として着任。内科外来と精神科・記憶あんしん外来の2本柱で治療に取り組む体制ができました。
「ご本人やご家族がもの忘れを心配して早期に受診することも少なくありませんが、医師会での連携やケアマネジャーを介した紹介で、症状が進んだ方、BPSD(周辺症状)が強く出ている方が受診されるケースが多いです」と佐々木先生は語ります。
専門外来での受診では、臨床心理士か看護師が長谷川式簡易評価スケールなどの認知機能検査を行い、医師の問診、血液検査に加えて、他院で撮影するMRIやCTの結果をあわせて、2週間ほどで診断をつけています。
「認知症は加齢に伴う疾患ですし、根本的な治療法はありません。診断結果をお知らせする際には、疾患そのものの説明だけでなく、これからの生活の中で生じる課題とその対処法、利用可能なサービスなどについて、ていねいにお話するようにしています」(佐々木先生)。
精神科も内科と同じく2週間に1回の訪問診療を行っており、さらにグループで経営するデイサービスの利用者、有料老人ホームの入居者のなかで認知症を合併する方の治療や管理も佐々木先生が担当しています。
御所ヶ谷グループに属するクリニック、ケアプランサービス、家政婦紹介、デイサービス、ヘルパーステーション、有料老人ホーム、コミュニティハウスでは、それぞれの施設で起きた出来事、利用者や入居者の状態や変化、そのほかスタッフが気づいたことを日報に記録し、毎朝、相互にFAXで送っています。すべての部署の日報がすべての部署に届き、全スタッフがこれに目を通すことで、きめ細かな情報共有が可能になっています。
老人ホームの入居者がクリニックの患者であり、デイサービスの利用者であれば、その方の情報を関係するすべての部署で共有することができるため、いざというときには素早く適切な治療を行うこともできます。また、クリニックに通院している患者さんではない方でも、グループの施設・サービスを利用していれば、何らかの介入が必要な変化が起きたときに、情報を共有している医師が素早く対応することが可能になります。
「ヘルパーさんからみると医師は遠い存在になりがちです。現場での小さな気づきを医師に伝えてもらうのは、実際には非常に難しいことです」と田中院長は語ります。この課題を解決するため、普段から医師の側が積極的にコミュニケーションをとり、相手の話を遮ったりせずに傾聴し、治療や投薬の意味も丁寧に説明しています。
「信頼関係を築いて情報をきちんと共有するためには、医師が努力して歩み寄るべきだと考えています」(田中院長)
看護師で認知症ケア専門士でもある鷹巣美和さんは、「グループ内での情報共有は、毎朝の日報に加えて、月に一度、各事務所を医師と看護師が訪問してカンファレンスを行っています。看護師は外来診療に加えて訪問診療にも同行していますので、御所ヶ谷グループを受診、利用されている方たちの状況を把握しています。クリニックの看護師だけではなく、全施設のスタッフも情報を共有しているので、安心感がありますね」と語ります。
グループ外の介護事業者とも書面や電話で密に情報共有を図ることを心がけているそうです。介護事業者から連絡や相談が来るのを待つのではなく、医療機関から積極的に連絡を取るという方針には、田中院長の教えも生かされています。
「利用者さんの情報だけでなく、日頃からケアマネジャーさんやヘルパーさんたちのお考えを伺って、こちらも共に支えていく姿勢をきちんと伝えておくことが大切だと思っています」(鷹巣さん)
鷹巣さんは認知症ケア専門士の資格を生かして新しい知識や情報を入手しグループ内外に広げることにも力を入れてきました。
「新型コロナウイルスの影響で、勉強会の機会が少なくなっているのが残念ですが、前に進むモチベーションを維持できるようがんばります」(鷹巣さん)
グループが運営するデイサービスはクリニックが入っているビルの同じフロアにあります。毎日30名ほどの高齢者が集い、朝10時から16時まで、食事、入浴、体操、レクリエーションなどを行いながら過ごしています。利用者の平均年齢は82~83歳で、なかには認知症の方もおられますが隣接するクリニックとの連携により専門的なケアが可能です。
スタッフが利用者さんの認知症の兆しに気づくことも少なくありません。「入浴で肌着を脱ぎ着するときや食事のときなどの日常動作を見ていると、今までと様子が違うことに気づくことが多いですね」と語るのは、“まいづるのデイサービス”の施設長の井上紗織さんです。
小さな変化もすべて、クリニックの医師や看護師と共有していますので、必要があればすぐに検査や治療を受けることができます。しかしながら、新型コロナウイルスの感染を恐れてデイサービスの利用を不安に思う利用者やご家族がいることが心配だと言います。
「利用者の皆さんはご高齢ですから慎重になるのは当然です。ただ、デイサービスを1~2ヵ月休んだことで明らかに筋力が落ちてしまった方も少なくありません。やはり通いたい、という方も増えてきましたので、充分な感染予防対策を講じて、慎重にサービスを提供していきたいですね」(井上さん)
クリニックから車で30分ほどの距離にある“あ・うんの家”は、御所ヶ谷グループが運営する住宅型有料老人ホームです。すべて個室で30室あり、クリニック、デイサービスとの連携で、認知症の方も安心して暮らすことができます。
施設長の清水あかねさんは、「入居者は80歳代以上の方が多かったのですが、最近は70歳代で入居される方も増えたように思います。いろいろと悩まれた末に入居に至ることも多いので、ご本人だけでなく、ご家族の気持ちや不安も受け止められるように努めています」と語ります。
入居を決める前に何日間か試験的に宿泊することを勧めることもあると言います。「その間に、介護で疲弊しているご家族に少し休んでいただいたり、認知症の治療や専門的なケアについてゆっくりご説明する時間をとったりしています」(清水さん)
一般の方たちを対象とした勉強会や介護予防教室なども開催し、地域との交流にも力を入れています。内覧会で施設を見学してもらったり、介護にあたっている家族が入院する際に1ヵ月の短期入所などの受け入れも行っています。
「地域密着を目指して“あ・うんカフェ”や介護予防教室を開催してきましたが、新型コロナウイルスの影響でしばらくは難しそうです。グループ内でオンラインでの会議を始めましたので、講座なども新しい方法を考えていきたいですね」(清水さん)
クリニック副院長の佐々木先生は、「認知症の方をケアするためには、継続的で密な働きかけが必要です。しかし、新型コロナウイルスの感染症対策によって認知症の治療・介護の土台が揺らいでしまいました」と、危機感を語ります。認知症の方に対しても距離を取ることが求められ、家族との面会も制限される現状のなかで、症状が進んでしまうリスクもあります。
院長の田中先生の指揮のもと、御所ヶ谷グループではこれまで、現場の小さな気づきを全員で共有できるネットワークを育んできました。医療と介護の垣根も職種の壁も越える連携の力を生かして、新しい時代の認知症ケアを模索する挑戦が始まっています。
御所ヶ谷ホームクリニック
〒810-0073
福岡県福岡市中央区舞鶴1-6-1
TEL:092-739-8525
まいづるのデイサービス
〒810-0073
福岡県福岡市中央区舞鶴1-6-1
TEL:092-739-8511
住宅型有料老人ホーム あ・うんの家
〒814-0143
福岡市城南区南片江3-14-3
TEL:092-872-1707